これまでも何度か、しかもしつこく「今後の経済連携協定での関税撤廃は品目ベースで95%を目指すべきである」ということを言いました。その点について、ちょっと違った視点から思いを書きたいと思います。


 実は経済連携協定というか、自由貿易協定(FTA)については、途上国同士のものについて特例みたいなものがあります。それは1979年のGATT総会決定「授権条項」というものです。まずは条文を見てみたいと思います。


【授権条項(異なるかつ一層有利な待遇並びに相互主義および開発途上国のより十分な参加)】

締約国は、多角的貿易交渉の枠組みにおける交渉の結果、次のとおり決定する。

1. 一般協定第1条の規定にかかわらず、異なるかつ一層有利な待遇を、他の締約国に与えることなしに開発途上国に与えることができる。

2. 1.の規定は、次のものに適用する。

(略)

(c) 相互に輸入する産品に対する関税を相互に引下げまたは撤廃し及び非関税措置を締約国に定められた基準又は条件に従い相互に軽減しまたは撤廃するための開発途上締約国の間の地理的または世界的な取極

(略)


 これだけでは何のことか分からないと思いますが、つまりはGATTが定める最恵国待遇(すべての国に平等に自由化をする)というものの例外を途上国間には認めてもいいですよ、ということが書いてあります。


 普通のFTAについては、GATT第24条に「実質上のすべての貿易」について関税その他の制限的通商規則について撤廃すれば、最恵国待遇の例外としてあげますよということが書いてあります。これがFTAと言われるものです。しかし、この授権条項についてはそういう条件付けはありません。


 途上国はこの規定を「FTAの更なる例外規定であり、実質上のすべての貿易について撤廃しなくてもFTAを構成していいことを認められた」と解して、非常にゆるゆるのFTAを作っています(例えば、関税撤廃率が50%みたいなもの)。よく読んでみれば、上記の授権条項にはFTAの話は何処にも書いてありませんが、そういうふうに読もうと思えばそうとも読めるということなんだろうと思います。


 実はこの授権条項とGATT第24条の法的な関係は全く整理されていません。1970年代の途上国の発言力の高まりの中で、こういう規定が認められてしまったということです。ちなみに、この授権条項の他の規定は、先進国が途上国のみに対して関税を引き下げることを認める「特恵関税」みたいなものに関することです。多分、特恵関税の文脈の中で、「先進国→途上国だけでなく、途上国間でも優先的に関税を下げることはいいじゃないか」ということで盛り込まれたものが、今となっては「FTAの要件の例外」になっているということだろうと思います。


 つまりです、途上国は「ゆるいFTA」にある程度馴染みがあるのです。撤廃率が低くて、日本であれば到底認められないような超ロースタンダードFTAでも、途上国間では認められるというツールを持っていて、ある程度それに依拠したものを締結している国は少なくないと思います(具体的に調べていませんが、インドが絡む途上国間のFTAはゆるいものが多かったと記憶しています。)。だから、過去に日本がロースタンダードなFTAを志向したとしても受け入れる素地があったというふうに私は思っています。


 しかし、先進国は違います。これまで日本がFTAを締結した国の中で純然たる先進国というとスイスがありますが、あの国も農業できついところがあるので、ある程度農業を除外したようなFTAで手を握ることが出来ました。しかし、EU、米、豪が目指すものは常に撤廃率の高いハイスタンダードなのです。


 これまで日本がハイスタンダードFTAを目指さなくてもよかったのは、相手が途上国だったからであり、これからはそもそもそういう相手とFTAをやるのではないのだというふうに心構えを変えなくてはいけません。しかも、韓国は米、EUでハイスタンダードFTAに慣れていますから、彼らもそれを求めてくるでしょうし、途上国顔している中国でも今はハイスタンダードに舵を切っています。


 何が言いたかったかというと、これまで許されてきたゆるいFTAの延長線上でこれからのFTAを考えているととんでもない目に遭うということです。先進国とのFTAに乗り出すというのはそういうことです。それはTPPであろうが、日EUであろうが、日豪であろうが同じことです。「FTAは二国間協定だからお互いのセンシティビティに配慮しながらやれる」、半分正しくて、半分間違っています。オーダーメイドでやれるという意味であれば正しいですが、自由化の度合いを下げる方向で手を握ることができるという意味であれば、これからはそんなことを期待できるような状況ではないということです。


 だから、私は言うのです、「関税撤廃率を品目ベースで95%まで高める努力をするべし」と。