最近の経済連携の潮流を見ていると、「ハイスタンダード」という言葉がキーワードだと思います。これは関税撤廃率が高いということと、様々なルールを包含するということでしょう。今日は関税の方にフォーカスを当てて書きたいと思います。


 最近は情報が多すぎて見誤りがちですが、本来、世界の貿易体制というのは最恵国待遇によって成り立っています。何かと言うと「貿易においてはすべての国を平等に扱いましょう」ということです。ある国に関税を下げたら、すべての国に同じ関税率を適用しましょうということです。これがGATT・WTO体制の基本です。


 その上で、ある国との間だけで関税を始めとする障壁を下げていく自由貿易協定というのは例外的な扱いとして捉えられます。ちなみにTPPと呼ぼうが、FTAと呼ぼうが、EPAと呼ぼうが、GATT・WTO体制の中ではすべて自由貿易協定というカテゴリーで扱われます。非常に厳しい条件の下、あくまでも例外的に自由貿易協定というものが認められるというのがGATT・WTOの考え方です(以下、正式名称にかかわらずすべて「自由貿易協定」と書きます。)。


【GATT24条第8項(一部略あり)】

この協定の適用上、
(略)
(b) 自由貿易地域とは、関税その他の制限的通商規則がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃止されている二以上の関税地域の集団をいう。


 実質上すべての貿易について、関税その他の制限的通商規則が廃止されることを条件に、最恵国待遇の例外としての自由貿易協定を認めてあげますよ、というのが今の貿易ルールの基本です。ここをもう一度きちんと押さえる必要があります。


 では、この「実質上すべて」というのが何を指すのかということが問題になります。ここが一番の争いでして、「実質上」にはどの程度の例外が認められるのかという議論です。かつて、EUは1割程度の例外は認められると解釈していました。では、この「1割例外(9割撤廃)」というのをどう解釈するかという問題がまた出てくるのです。というのも、AとBという国があると仮定すると、AB間のすべての貿易の1割なのか、A⇒B、B⇒Aの貿易について1割でなくてはならないのかという論点があります。分かりやすく言うと、A⇒Bで85%撤廃、B⇒Aで99%撤廃だとすると、全体では9割を超えるでしょうが、個別ではA⇒Bは9割を満たしません。


 また、別の論点として、9割撤廃を金額ベースで計算するのか、品目ベースで撤廃するのかということもあります。これはちょっと難しいのですが、金額ベースだと「今、両国間に存在している貿易額のうちの9割分撤廃すればOK」ということになりますけど、この場合、「関税を撤廃すれば生じるであろう貿易の可能性」というのはすべて考慮の対象外です。こんにゃく芋は今、従価税換算で1700%近い関税がかかっているため、輸入が殆ど生じません。なので、そういう品目は金額ベースでは撤廃のスコープに一切入ってきません。逆に品目ベースで数えるとそういうことはなく、貿易実態があろうがなかろうが、品目数として9割に達する必要があります。


 なお、日本は上記のバラエティの中でこれまでは「二国間の貿易すべて」+「金額ベース」で9割というルール解釈をしてきています。つまりは一番緩い解釈です。日本の輸入は金額ベースでも9割に到っていない自由貿易協定があったと記憶しています(品目ベースでは皆無です)。相手国の輸入のところで9割を大幅に超えるように関税撤廃してもらっていることで何とか9割にこぎつけようとしているのが実際のところです。自分の輸出は押し込むだけ押し込んで、自分の輸入の部分では厳しいルールを回避するというある意味上手いというか、虫の良いやり方だと思います。


 昔はそうではありませんでした。1990年代後半、日本が自由貿易協定の流れに背を向けている時代は「実質上すべて」というのをとても厳格に解して、自由貿易協定に乗り出そうとする他の国を牽制する役割を果たしていました。しかし、自分がやるようになると完全に宗旨がえをして、一番緩い解釈を取るようになったということです。


 日本の自由貿易協定網はかなり広がってきたと言われています。しかし、上記のような姿勢ですと、どうしてもロースタンダードな自由貿易協定にしかなりません。自分から出さないのに相手が何か出してくれるということはないというのは普通に考えれば分かります。具体名は出しませんが、最近の自由貿易協定の中には事実上農業を除外したようなものが散見されます。結果として、自由貿易協定の中には「締結はしたけど大したことがない」ものが産まれてきています。労多くして功少なしという感じがしてなりません。


 しかし、最近、虚心坦懐に見てハイスタンダードな自由貿易協定の流れが強まっていると思います。ここで言うハイスタンダードというのは、「片道(A⇒B、B⇒A別々に)」+「品目ベース」+「95%」での撤廃ということを指すように思います。これまでの日本の姿勢からすると、かなりハードルが上がっています。韓国はアメリカとの関係ではハイスタンダードな自由貿易協定を実現しています。中国とて、最近締結した自由貿易協定はハイスタンダードなものが出てきています。勿論、アメリカ、オーストラリア、EUもそういう方向に進んでいます。自由貿易協定をめぐる潮目が完全に変わり、粗製自由貿易協定に対する冷たい視線が注がれるようになるということです。ある意味、「実質上すべて」の本義に戻っているということができるかもしれません。


 つまり、TPPをやるかどうかにかかわらず、これからの自由貿易協定では日本もこれくらいの気構えを持っていかないと置いてけぼりに逢うのです。だから、先日の財務金融委員会で質問したような方策 を早急に検討すべきだと思います。私が言いたいのは、ともかくコツコツと関税撤廃が出来るものを積み上げていき、血のにじむ思いで95%を達成できる体制を作るべきということです。逆に言えば、95%までの目処がつけば少々の自由貿易協定であれば対応出来るでしょう。


 農業について一つメルクマールとなるのは、「(いわゆる)センシティブ品目」のカテゴリーです。今でこそ潰れかかっているWTOドーハラウンド交渉ですが、一度、2007年か2008年頃に閣僚レベルで妥結寸前まで行ったことがあります。その際、日本は農産品の関税削減(撤廃ではないです)のルールを軽減してもらえるセンシティブ品目の比率を全体の6%で受け入れるよう強く求められました。当時、日本は8%を主張していましたが、報道ベースでは、一度は農林水産省も6%で腹を括ったということがあったようです(多分、事実でしょう。)。仮に6%で腹を括ったのであれば、ある程度は「これはセンシティブ品目に入る、これは入らない」という荒い目算くらいは立てたでしょう。


 センシティブ品目として残そうと考えたその6%又は8%の品目は、上記の95%を検討する際の大いなる参考になるでしょう。鉱工業品と合算した時に、この6%又は8%が全体でどの程度の比率になるのかは計算していませんが、場合によっては、その6%又は8%分の品目以外は関税撤廃ということで腹を括る必要が近い将来出てくるのではないかなと思うわけです。それが嫌なら、私が財務金融委員会で述べたような手法でコツコツ積み上げていくしかありません。


 いずれにしても楽な作業ではありません。だけども、今の世界の潮流を見ていれば、TPPに入る入らないにかかわらず、確実にハイスタンダードな自由貿易協定の方向に向かいつつあります。その備えをしないと、そもそもこれから大型の自由貿易協定というのは望むべくもないということになりかねません。