今国会に上程される予定である子の連れ去りに関するハーグ条約は議員や行政から何度か提起されました。これは日本人とアメリカ人とが国際結婚をして、アメリカに居住していたのに、離婚を契機に日本人が子どもを日本側に連れ帰ってしまったケースを想定していただければと思います。これに対して、アメリカ側で「子を奪われた」→「本当であればこれは国際条約違反」→「日本がこの条約に入ってないのはおかしい」ということで、今、あまり目立ちませんが日米間の最大テーマの一つです。オバマ-野田でも必ず提起されるネタです。


 これを「子の連れ去り」と呼んでいますが、英語では「abduction」でして、日本では「拉致」を指す時にこの言葉が使われることで有名です。したがって、時に北朝鮮の拉致問題を提起すると、アメリカ側からは「おたくの拉致も分かるが、それならばうちの拉致もどうにかしてくれ。」というリアクションになります。日本人的には「ちょっと違うんでないの?」という気がしますが、とにもかくにもそういうことです。


 これは実は連邦議会側から相当行政側に圧力が行っているようでして、カリフォルニア選出の議員と会うとよく提起されました。ただですね、これはとても地域性があるイシューのようでして、日本人が多そうな別の州の都市部選出議員に「ところで『この連れ去り』についてどう思う?」と聞いたら、キョトンとして「そもそも案件自体を知らない」と言われてしまいました。カリフォルニアあたりの一部の議員が相当に騒いでいることを窺わせました。


 具体的な内容については、あまり偏見を持ってはいけないのですが、全体としては「アメリカ人男性と日本人女性の結婚」で「居住地はアメリカ」のケースが非常に多いと思います。これ自体はアメリカ側も認めていました。


 私からは大体こんな感じのことを言いました(ただし、英語があまり得意でないので伝わってないところがあるかもしれません。)。


- あまり言いたくないが、このハーグ条約は欧米優越史観が臭う。欧米に住むことは幸せであるという前提があるように感じる。アフリカや中東でこの条約に入っていないのがその証左。多分、彼らは「(理由如何にかかわらず)欧米人に子供を連れていかれる」ということの中に植民地時代の奴隷制度に近いものを感じているだろう(これに対して、「いや、モロッコは入っている」という反論がありましたが、逆に言うと50以上のアフリカの国の中で入ってもいいと思う国が僅少ということの証左です。)。その気持ちを考えたことはあるか。


- そもそも、私は通常の居住地(habitual residence)に住み続けることが基本的に正しいであるというハーグ条約の前提自体に疑念を抱いている。それは「そうであるかもしれないし、そうでないこともある。」くらいの感じで見ている。


- あなた達は認めたくないだろうが、日本について言えば、結構、アメリカ人夫による日本人妻に対するDVによって離婚したケースは多いと思う。勿論、私はすべてのケースがDVによって正当化されるなどとは思わないが、数としては相当にあると思う。


- 日本人女性が国際結婚するのは、あなた方には想像できないくらい親にとっても、本人にとっても一大決断である。それにもかかわらず外国で離婚して日本に子どもと戻ってくるというのは、これまた一大決断である。日本に帰れば「だから、言わんこっちゃない。最初から止めておけばよかったのに。」くらいのことは言われかねない中、戻ってくることは非常に大きなことであり、その(帰ってくるという)一大決断をするに至った理由というのがあるはずである。その一つにDVが間違いなくあるだろう。


(注:私は上記のような文化を正当化しているわけではありません。あくまでも、私が見聞きする中で感じているところを私が認識する事実として述べただけです。価値判断は一切なしです。)


- (先方がアメリカでは裁判手続きに際してもきちんと通訳等がつくので、仮に子の所在地で争い合いになったとしても平等な裁判がなされるので心配はいらないと言っていたので、それに対して)理屈上は多分そう。実際問題としても、アメリカはきちんと通訳を付けてくれるだろう。そこを疑いはしないが、それでも英語が自由に操れない日本人のハンディキャップは大きいだろう。理屈や制度的担保と、実際の現実の間には少し乖離があるように感じる。


- (日本を居住地とする夫婦間での連れ去りの解決にも役立つといった趣旨のことを言っていたので、それに対して)一般論として、日本人はそう簡単には裁判手続きには行かない。仮に日本を居住地としていた夫婦のいずれかが、子どもを連れて外国に連れ去った場合、その解決方法として、日本人が国内の裁判所に辿り着く可能性というのは相対的に少ないと思う。このハーグ条約を締結した後、日米間でそれぞれ提起される訴訟の比率は相当にアメリカの方が多くなるだろう。


 ということで、私としては少なくとも「ハーグ条約は理念は良いと思う。ただ、日本の文化に馴染まないところがある。DVを原因とする連れ去りについてハーグ条約に例外として認められる規定があるが、その観点から、国内法整備においてはその例外規定を最大限広く解釈したかたちでおこなわれるべきであると考える。」と話しました(相手は極めて嫌そうな顔をしていました。)。


 あと、アメリカ側からは「今のようにハーグ条約に入っていないと、離婚後の日本人母と子による日本訪問に裁判所がOKを出さない可能性があるぞ。」と脅しめいたことを言ってきました。不愉快だったですね(なお、同僚議員も怒っていました。)。