サンディエゴから、ダラスで乗り継いでペンサコーラに来ました。最初にスペインの探検隊がアメリカで居付いた場所だそうでして、一応、フロリダ州なんですが、全然フロリダの感じがしません。というか、私がイメージするフロリダというのは「グロリア・エステファンみたいな感じ」と形容すると分かりやすいですね。街中には「1.2.3.4. come on baby say you love me. 5.6.7. times」みたいな雰囲気が流れているのかと思いきや、(当たり前ですが)全然違いました。ここはとても保守的な地域です。


 思い出していただけると思うのですが、2000年の大統領選挙ではこのフロリダ州が最後の最後まで揉めました。ブッシュ・ゴアの戦いで最後は投票用紙に空けるパンチの穴がどうだったかみたいな話までやって、最後の最後にフロリダ州がブッシュに行ったため、ブッシュ大統領誕生となったのです。つまり、ここは大統領選挙で「swing state」なんですね。ただ、我々が知っている開放的に見える南部フロリダは相対的に民主党が強いところです(ただ、キューバ移民とかの中にはアンチ共産主義で保守層が相当にいるということですが)。それでもswing stateになるということは、相当に強い保守層がフロリダにはいて全体としてバランスが取れているということですね。それがこのペンサコーラでした。


 地理的にはアラバマに近く、何と州都タラハシーとは時差が1時間あり、「忘れられたフロリダ」みたいな感じがします。完全に(日本人がイメージする)他のフロリダとは違います。地域の方とお話をしても「マイアミとか、タンパみたいな地域とはあまり共有するものがない。」と明確に言われてしまいました。1/31には共和党の予備選挙が、サウス・カロライナに次いでこのフロリダで行われます。全国的には決してメジャーな感じがしない、ロン・ポールを支持するパネルを一番よく見ます。ロン・ポールは今回の候補者の中で最右派、アメリカは海外から軍隊を撤退させるべきといった孤立主義的な傾向のある人ですけど、それ以外の候補者を応援する広報器材を見ないのです。


 ちなみにビーチは美しいですね。セネガルでの2年間、ずっと海の側に住んでいたため、既に海関係リゾートへの関心が完全になくなってしまっている私にはもったいないくらいです。食べ物は典型的な南部アメリカ料理でありまして、いわゆるケイジャン料理、ジャンバラヤ、そういったものが有名です。


 ここには海軍と空軍の基地があります。海軍は航空部隊の基地でして、既に100年の歴史があります。空軍のあるエグリン基地は724平方マイルと恐らく世界一大きいのではないかと思います(大半は野原ですが、一応香川県や大阪府くらいの大きさがあります。)。海軍基地には23000人が勤務しており、エグリン基地には軍人8000人、民間人4000人が勤務しています。サンディエゴ同様、街全体に「軍隊を支えていこう」という雰囲気に満ち溢れています。意地の悪い私は地域の方に「ところで、やっぱり陸海空+海兵隊それぞれに対する印象というのは全然違うのか?」と質問してみたら、「当たり前だろ」という返事がありました。やはり、海軍航空部隊にせよ、空軍にせよ、軍隊の中ではエリートになりますから、他の軍隊よりも上だという意識をかいま見ました(特に若い海兵隊が、亡くなったタリバーン兵士の遺体に尿をかけている件が全国的に問題になっていたこともあるのかもしれません。)。


 ただ、総論としては「軍隊の存在そのものに反対する気風は全くない」ということは言えます。まあ、これはアメリカに来てからずっと感じているところでして、反軍的なものは何処にもありません。羨ましい限りです。保守系の人の中には、「軍のためなら少々の負担は市民が我慢すべきだ」という論調もあります。ちなみに、アメリカではこういった軍の存在による補償は(そもそもあまりないのですけども)「そのことによって財産価値が低下したことへの補填」ということのみだそうでして、日本のように因果関係が少し遠い理由でお金が出ていくことは想定されないそうです。


 そんな中、エグリン空軍基地にF-35が来たために騒音がひどくなったということで、空軍を提訴しているヴァルパライソという街があります。ヴァルパライソはエグリン基地のすぐ近くでして、滑走路の延長上にあるため、上空を軍用機が通っていきます。こういう提訴の動きはアメリカでは珍しいそうでして、ペンサコーラ市内で市民や軍関係者に話を聞いてみると、近隣のヴァルパライソが軍と対峙していることに対しては結構冷たい声が聞けました。「軍がいると分かって移り住んできたのではないか」、「そもそも騒音問題があることから地価や住宅価格は安かったはず。今になって文句を言ってはいけない」といった声の方が強く、あまり同情的な声がなかったことには少し驚きました。


 まあ、ヴァルパライソで話を聞いてみると、かなり同情するところがありました。「これまでもある程度の騒音については耐えて来た」、「F-35についてはこんなにうるさいとは思わなかった。少なくとも、空軍やロッキード社から聞いた当初の説明とは違った」という事実は間違いないようです。何処まで真実かは分かりませんが、地元の方によると、F-35はF-15や16の2-3倍は騒音が大きいとのことでした。空軍からは、75デシベル以上の騒音になる地域は「居住不可能地域」として立ち退き、65-75デシベルの地域は大掛かりな修復(概ね1件4万ドル)という提示があったそうです。ちなみに民間航空機ですとこの基準で確実に補償があるそうですが、軍用機の騒音については連邦レベルで法律がなく、きちんとした予算がないため、民間航空機の騒音と同じように扱ってもらいたいといった話もありました。なお、前者の居住不可能地域が368件、後者が727件です。あまり言ってはいけないことですが、日本だと米軍の軍用機のために騒音が100デシベルクラスの場所が結構あるんですよね。アメリカの基準では「75デシベルは居住に適さない」ということなのか・・・と、微妙な感情になりました。


 ヴァルパライソの住民の中には、国(空軍)を提訴まですることに反対の声もあったようです。提訴した方々としては、できれば少し北部のデューク飛行場に移転してほしいということでしたが、判決は「騒音軽減については、現在よりもオルタナティブを増やして検討すべし」という内容だったそうで、結局、空軍は「他のオルタナティブも検討してみたが、予算的な視点や作戦上の視点からは現実的ではない」と結論付けてあまり路線変更していないとのことですから、あまり提訴の意味がなかったように見えました。


 この手の問題では「どちらが先に居たか」ということが重要な論点でして、住民側は「エグリン基地よりもヴァルパライソの街が出来るのが早かった」と主張していましたが、仮にそれが事実だとしても多分、今住んでいる方々は基地が出来てから来たはずです。となると、ポイントは「F-35はそんなに予想外にうるさいのか」というところに帰結します。ヴァルパライソの住民達は「騒音だけが問題であって、軍がいることに反対する意図は毛頭ない。というより、F-35が来る前の騒音であれば耐える。」ということでしたので、あとはF-35が本当にどんなものなのかということですね。地域の有識者からは「日本もF-35買うんでしょ。訓練はここでやるんだと思いますよ。」とちょっと皮肉交じりに言われました。ちなみにとある軍関係者は「そもそも、そういう所に人が住むこと自体がおかしいわけであって、土地のゾーニングに問題がある。」と主張していました。それも一つの見識ではあると思います。


 軍人による犯罪については、法執行機関関係者と話したところ、「軍人の犯罪は起こるとメディアの関心が高いため目立つが、一般市民に比して多いという事実はない。犯罪行為は軍法では一般法より厳しく罰せられることがある。むしろ、我々としては軍人が危ないところに近寄らないように促している。」といったところでした。普段は軍人による犯罪だけを特出しして批判しようという感じは全くないのでしょう。それは恐らく他のアメリカの都市でも同じなんだろうと思います。


 軍関係で最後に一つ。ペンサコーラ郊外にある海軍航空部隊の博物館にも行きました。中に入ると、かなり入口に近いところからずーっと「太平洋戦争」関係の展示が続きました。しかも、それが主たる展示でした。これは驚きでしたね。海軍としてのプレゼンスがあまり高くなかったという事実はあるのでしょうが、朝鮮戦争は「the forgotten war」と形容され、ヴェトナム戦争については何処にも言及すらありませんでした。たしかにアメリカの歴史の中で海軍が一番動員されたのは太平洋戦争だったでしょうから、さもありなんと言えばさもありなんです。海軍の航空部隊専門の博物館ということなので、これを以て米軍全体の雰囲気を推し量ることは出来ませんが、少なくとも私は(1)太平洋戦争は今でも米軍にとって非常にメモリアルな戦争である、(2)その他の戦争の中にはあまり展示に適さないものがある、という二つの結論を導き出しました。多分、間違っていないと思います。


 なお、私はこの手の展示を見るのを大事にしています。元々、戦史が好きだということがありますけども、それよりもすべての軍隊の歴史をありのままに見ることの意義を感じるからです。ともすれば、日本軍が足蹴に展示されていることに対して不愉快な思いを持ちたくなったりすることもあるかもしれませんが、これはこれとして受け止めたいと思います。


 ちょっと雑多な内容を纏めて書いたので分かりにくいかもしれませんが、ペンサコーラで受けた印象あれこれでした。