昔からこのブログで執拗に「領海の無害通航権」について書いています。大学時代、六法も条約集も持たないいい加減な法学部生だった身なのですが、外務省条約課に配属されたのが運の尽きでして、すっかり国連海洋法条約を学ばされてしまいました。その流れです。


 国連海洋法条約第17条では、領海の通過には無害通航権が認められています。これは何かというと「特に沿岸国に害悪を与えない限りは領海を通過していっていいよ」という規定です。そして、何が「無害(innocent)」かということについては第19条に書いてあります。これが限定列挙なのか、包括列挙なのかについては論争があります。今日のエントリーはそこからの派生です。


 この無害通航権は書いて字の如く「権利」でありまして、船舶は通航する権利を持っているわけです。したがって、日本的な解釈では「有害でないものについては、船種を問わず通航を認める」といった感じになります。しかし、他国には通航に際して届出や許可を要求している国があるということで調べてみました。ちょっと古い資料がベースですので、もしかしたら既に変更されているところがあるかもしれませんが、基本的な考え方は変わっていないはずです。


 と言っても、普通の商業用船舶について無害通航権を否定する国は見あたりませんでした。あくまでも軍艦や非商業目的の政府船舶についてどう考えるかということです。日本はこれらについても無害性を認めている一方で、世界には軍艦イコール無害ではないという考え方に立脚していると思われる国が結構あります。


 韓国は1995年の領海及び接続水域法において、軍艦及び非商業目的の政府船舶の領海通過に際しては外務省への事前通告を求めています。更には1996年の大統領令で許可を求めており、法律以上の要求をしています。また、中国は1992年の領海法において、非軍用船舶については無害通航権を設ける一方で、軍用船舶の無害通航権を否定しており、かつ違反船舶については軍が追跡する権限を付与しています。しかも、領海法においては、尖閣諸島や南沙諸島、西沙諸島を領土としています(この規定を将来フルに動員して、尖閣に軍を出してくる可能性は否定されません。この件はまた別途。)。


 更に調べてみると、アルバニア、アルジェリア、アンディグア、バルバドス、カーボ・ヴェルデ、コンゴ、グレナダ、モルディブ、ミャンマー、オマーン、パキスタン、フィリピン、ルーマニア、セント・ヴィンセント、セイシェル、ソマリア、スリランカ、スーダン、シリア、ベトナムは事前許可制、バングラデシュ、クロアチア、デンマーク、エジプト、エストニア、ガイアナ、インド、リビア、マルタ、モーリシャス、ナイジェリア、セルビア、モンテネグロは事前通報制だとモノの本には書いてあります。逆に米国、ドイツ、イタリア、オランダといった先進国は、このような許可や通報の制度に反対をしています。特にアメリカやロシアは軍艦の無害通航権を制限することについては断固として反対しています。海洋国家たる日本は基本的には軍艦や非商業目的の無害通航権を認める立場です(つまり、先進国側)。


 まあ、たしかに途上国は先進国からの介入を嫌がりますから、領海を我が物顔で軍艦が通って行かれるのが嫌なのだと思います。他にも例えばルーマニアなんてのは領海は黒海の中で、ロシアがウクライナから租借して黒海艦隊の軍港となっているセヴァストポリ港がすぐ近くですし、ウクライナ海軍の拠点であるオデッサ港からボスポラス海峡への通路となりますから、それらが許可なくルーマニア領海をガンガン通っていかれてはたまらんという思いがあるでしょう。このあたりはとてもよく理解できます。


 ここで思うのが、日本は「相互主義」を前提に似たような制度を導入してはどうかということです。許可制、届出制を導入している国の船舶に対しては、日本も同じような許可制、届出制を導入するということです。すべての国の軍艦、非商業目的政府船舶に許可、届出を求めると、米国との関係で色々と厄介な問題が出てくるでしょうから、相互主義ということであればいいのだと思います。すべての国に予め「軍艦や非商業政府船舶の無害通航権に条件を付していないこと」を求め、かつ、「求めているケースにはうちも同じ条件を課すこととする」という通知をすればいいのです。


 まあ、日本の海上自衛隊が中国領海に入っていくことはないでしょうけど、向こう様が入ってくることは大いにあり得ます。怪しげな政府調査船のケースも同様です。中国がそういうものに許可制を導入している以上、こちらも同じことをすればいいだけです。ポイントは(手続的にはちょっと厄介ですけど)「相互主義」です。最近、好きな言葉でして、外交団と話す時、どんなテーマでも「reciprocityが確保されるなら、あなたの主張に同じてあげてもいいよ」と話しては相手を困らせています。