折角、ガンビアについて書いたので、私の勤務していたセネガルという国についても書きます。最近、結構動きのある国です。


 アフリカの優等生と言われ続けた国です。私が勤務していた頃はアブドゥ・ディウフ大統領でした。この大統領は文人政治家のレオポルド・セダール・サンゴールの下で10年首相をやり、その後大統領になっているので、国の中枢に40年近く居続けた人でした。結構、その治世は良かったんじゃないかなと思います。なお、現在の天皇陛下が皇太子時代にセネガルを訪問されたことがあり、その後、ディウフ大統領は国賓で訪日したり、即位の礼に来たことがあることから、天皇陛下とは顔見知りであり、私がセネガル勤務時にも何度か「天皇陛下は大の友人だ。お元気にしておられるか?」と言っていたことを思い出します。


 ただ、長期政権はどうしても評判を落としてしまいます。結局、2000年の大統領選挙で、現大統領のアブドゥライ・ワッドに負けてしまいます。この時がセネガル政治の中でも最大の危機だったのではないかと思います。側近や夫人のエリザベート・ディウフは居座ることを進言したようですが、ディウフは素直に退陣します。私の勤務していた時代は、ワッドと言えば市の郊外の事務所で怖い顔して政権批判演説している政治家だったのですが、何度も大統領選挙にチャレンジして勝ったその気概は大したものだと思いますし、逆に負けた時にサッと引いたディウフの決断は立派だったと思います。ここの違いが「どうしようもない内戦になるかどうか」の違いなのです。


 事情はちょっと違いますが、この10年、コートジボワールは失われた10年となりました。かつて西アフリカの雄と言われたコートジボワールは、1999年末のクーデター以来の内戦でボロボロになってしまいました。セネガルという国がああならなかったことは、ディウフの(当たり前ではありますが)いさぎの良さ、ワッドの治世、色々あるだろうなと思いますが、やはりセネガルという国の民主制への積み上げみたいなものが最後の最後に働いたんだろうと好意的に解するようにしています。


 ワッドの10年強の治世は、国際的には受けが良かったように思います。外交面でのワッドの動きはとても良かったです。NEPADというアフリカの開発に向けたリーダーシップは評価に値するでしょう。内政については、私はよくフォローしていませんので分かりません。


 ただ、ここ1年くらい三選を目指そうとしていて内政的には揉めています。もう、ワッドは85歳、引退すべき時です。なのに、息子に禅譲しやすくする憲法改正をやろうとしたりして(最終的には断念)、どう考えてもおかしなことをやっています。折角、10年の治世がそれなりにこなせたのだから、後進に譲ればいいのにと思いますが、この手の政治家によくあるパターンで後進をつぶしてきたという経緯があります。イドリサ・セック元首相あたりが後継者かなと思っていたのですが、早々と仲違いしてしまい、正直なところ今、ポスト・ワッドが与党の中に居ないという事情があります。息子に譲りたいという衝動もあるのでしょう。


 そんな中、世界的に有名なシンガー、ユッスー・ンドゥールが衝撃的なステートメントをしていました。来年1月2日で音楽活動を止めて、政治の世界に入るという宣言をしたのです。大統領選挙に出るのかどうか、というところでしょう。イドリサ・セックと連携していくのではないかという噂も流れているようです。


 このユッスー・ンドゥール、あまり日本では知られていませんが世界的にはとても有名です。1990年代前半にはピーター・ガブリエルとのコラボで有名になりました。あと、日本ですとホンダのワゴンのCMで流れた「オブラディ・オブラダ」は彼が歌っています。何度か訪日の経験もあり、南青山のブルーノートでのライブ等も行っています。たしか、アクセル・レッド(というベルギーのシンガー)と一緒に1998年フランス・サッカーワールドカップの主題歌を歌っていたように覚えています。


 私が好きなのはネナ・チェリーとのデュエット「7 seconds」 です。これは綺麗な曲ですね。フランス語圏では爆発的にヒットしました。英語、フランス語、ウォロフ語で繰り広げられるこの曲は欧米のミュージックシーンに馴染みそうなメロディーです。また、これはローカルな曲ですが、セネガル南部で分離独立運動を行っているカザマンスのことを歌った「カザマンサ」 はとても抒情的で、現地の景色が思い出されます。さすがはグリオ(伝承者)の家系だよなと感心します。


 さて、このユッスー・ンドゥールが政界に進出するというのは、私の感性的には驚天動地です。たしかに国内でも人気が高いし、元々社会的なメッセージの多いシンガーではありましたが、しかしそれでも驚きは驚きです。大統領選挙に出るのか、出ないのかはまだ明確にはしていません。ただ、私は出ると思います。そして、出た時には台風の目になるでしょう。仮にユッスー・ンドゥール大統領が誕生する時、これはアフリカ政治全体に大きな影響を与えるでしょう。いわゆる「古株」の元首クラスは、自国でも新しいムーブメントが出てくるのではないかと不安になると思います。


 2012年の大統領選挙や元首交代は、勿論、アメリカ、フランス、ロシア、中国等での動きの方が日本にとっては重いのですけど、古くからのアフリカ・ウォッチャーとしてはこのセネガル大統領選挙から目が離せません。こんなことに関心を持つ国会議員は他にはいないでしょうから、淡々とやり続けたいと思います。