「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約 」という条約があります。いわゆる(数年前に話題となった)「共謀罪」の元となる条約です。この条約と付随する3議定書のうちの2つ(密入国と人身取引)は実は既に国会では承認が済んでいます。しかも、全会一致です。


 ただ、それを国内で施行するための法律が通っていないため、条約自体は店晒しになっています。これは実は憲法問題を孕んでいて、条約を国会承認したのに、それを行政府の判断で批准しないという状態なわけです(正確には国内実行ができないため、内閣として批准書の認証を陛下に助言し、その批准書をもって条約を締結することができないということ)。


【日本国憲法(抜粋)】

第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
(略)

8.批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。


第73条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
(略)

3.条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。


 この条文を見た時に、条約の国会承認が得られた後、そのまま置いておくことは、その期間が合理的なものを越えてしまう時は憲法違反の可能性ってないのかなと思ってしまいます。でなければ、条約の締結には、国会承認→批准書の認証→その寄託による締結の完了という手続きの中において、「国会承認は終わったけど、その後にも政府のさじ加減で批准を遅らせることができる」ということが許容されかねません。それは現行憲法が想定していないのではないかと思います。そもそも、この条約以外に「国会承認は済んだけど、締結に至っていない」というものがあるのかな、と疑問があります。


 私は「共謀罪」については、以下のような見直しをした上で再度法案 の提出を考えるべきだと思います。そもそも、条約は全会一致なのですから、法律を検討すること自体に反対する政党は想定されません(爾後発足した政党についても幹部は当時、いずれかの政党で賛成しているはずですから。)。


● もう一度、参加罪が本当に無理なのかを考える。

 この条約では共謀罪か参加罪かのいずれかを処罰すればいいことになっています。共謀というのはなかなか定義も難しいし、立証も難しいでしょう。参加というのも曖昧な要素がある概念でして、しかも、今の日本の法制度には存在していません。逆に共謀罪は自衛隊の反乱防止とか、賭博ノミ行為で存在しているということで、法務省的にも「前例がある」ということなのでしょう。ただ、今の日本の法体系にないからということではなく、もう一度真摯に参加罪の検討をすべきではないかと思います。


● 「越境性」のあるものに限定する。

 この条約はそもそも「against transnational organized crime」となっているのに、かつて提示された法案では全然越境性がないものまで入っていました。その根拠となるのが、条約(英文) 第34条2の「The offences established in accordance with articles 5, 6, 8 and 23 of this Convention shall be established in the domestic law of each State Party independently of the transnational nature or the involvement of an organized criminal group as described in article 3, paragraph 1, of this
Convention」というところでして、 これを外務省は「第五条、第六条、第八条及び第二十三条の規定に従って定められる犯罪については、各締約国の国内法において、第三条1に定める国際的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める」と訳しています。

 これだと意味が分からないでしょうから、もう少し纏めると「この条約で罰する犯罪は、各締約国の国内法において、国際的な性質とは関係なく定める」という訳です。この「関係なく」のところを大きく取り上げて、法務省は「国際性のあるなしに関わらず、重大な犯罪はすべてこの共謀罪の対象にすることが条約の要請だ」と強弁しています。

 しかし、外務省条約課補佐だった感覚から言うと、この「関係なく」が曲者なのです。ここを法務省は日本語の「関係なく」として受け止め、それを拡大解釈しているように見えます。英文では「independently」です。語感としては「とりあえずそのテーマは一旦脇に置いて」くらいです。解釈として「国際的な性質を脇に置いて検討してみたけども、やっぱり国際的な性質があるものだけを罰することにしました。」で何が悪いのでしょう。別にそれでいいと思います。


● 対象犯罪の対象をもう少し狭める

 「四年以上の懲役刑が科せる犯罪 はすべて」ということだったのですが、これも曲者でして、最高刑が4年以上の犯罪はすべて入ってきているのです。つまり、実際の裁判実務においては1年程度の懲役刑のようなものでも、法定刑の最高刑が4年以上だと共謀罪の対象になってしまうのです。これと上記の越境性の排除を合わせると、「え゙?」と思いたくなるような、「国際的な組織犯罪の防止」と全く関係のないものまで共謀罪の対象になってしまうのです。しかも、それが軽微な状態であっても、犯罪類型上、一度共謀罪の対象に入れられてしまうと、軽微な犯罪の共謀でもすぐに逮捕されてしまうということになりかねません。

 ただですね、これについては解決策としてたしかに良い知恵がないのです。「判決の時に4年以上の懲役になるのなら、共謀罪もくっつけることが出来る」というような浅知恵が出てきかねませんが、その場合はそもそも実行行為が既に存在しているでしょうから、共謀罪の出番ではありません。もう少し考えますけども、何か上手い知恵がないかなと思っています。


 実は5年前にこのブログに共謀罪について書いたことがあります。その時はもう少し威勢がよくて、「こんな条約締結する必要もないし、国内法整備も必要なし」くらいに勢いでした。まあ、それはそれとして当時の考え方として消すことはしません。今では、条約自体は国会の意思として既に承認されているのですから、さっさと国内法整備をして批准に持っていくべきというふうに思います。