福島第一原子力発電所での問題を契機に、党内で原子力損害の補償を国際的に担保する条約への加入が検討されました。これまで日本は一切、この手の条約に入ってきませんでした。類型としてはOECDが旗を振ったパリ条約(欧州中心)、IAEAが旗を振ったウィーン条約(途上国中心)とアメリカが旗を振ったCSC(Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage)の3類型があります。


 ただ、何となく一部には「今回の福島第一原子力発電所での損害を国際的に面倒見てくれるのでは?」という期待感があるようですが、そもそも、法のあり方としてそういう遡及はしませんので、今からどんな条約に入ろうとも、そこで福島第一原子力発電所の賠償との関わりが出ることは一切ありません。そんなベーシックな誤解はないだろうと思うわけですが、国会内での議論では結構ごちゃまぜになっていました。


 上記の3つの条約を見てみると、一番日本の原子力損害賠償法と親和性が高いのはCSCです。それは役所側も認めています。ただ、このCSCは加入している国がアメリカ、アルゼンチン、ルーマニア、モロッコでして、そもそも発効していないのです。日本が入ると発効するするのですが、まず最大の問題点として、上記4ヶ国との間で条約関係に入っても、あまり日本には意味がないように思うのですね。これはパリ条約、ウィーン条約でも同じですが、中、韓、東南アジアの入っていない原子力損害の賠償を補完しあう枠組みなど、日本にとって殆ど意味がありません。


 しかも、CSCには「原子力損害事故が起こったら、賠償の裁判はその事故が起こった国でやる」ということを義務付けていますけど、これってCSCに入っている国で原子力事故が起こって、その被害が仮に日本に及んだとしても、日本に住む人はその国まで行って裁判を起こさなくてはいけないということになります。こういうかたちで国内で裁判を起こす権利を制限することは、日本の法体系の中でそうそう簡単ではありません。そもそも、憲法第32条にある「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。」という権利規定との問題すら出てこないかなという気がします。管轄権の整理をきちんと行えば受入れ可能なのかもしれませんが、あまり軽々しく考えない方がいい点です。勿論、日本が事故を起こした際、すべての損害賠償裁判が日本で行われることのメリットはあるのですけども。


 その他、原子力事故が起こった際に、原子力事業者に責任を集中させるという規定もあり、発電所プラントの供給者が免除されるというメリットがあります。これから日本が原子力発電所プラントを輸出する際に心強い規定ではありますが、そもそも、こんなものは二国間の原子力協定でやればいい話ですし、これまでやってきているはずです。プラント供給に際しての責任の取り方なんてのは、その二国間の関係で色々な形態がありうるはずなので、あえて多国間のCSCで担保することは実務的には大した意味がないでしょう。せいぜいあり得るメリットとしては、CSC加入に際して国内法整備をしておくと、その後来得る様々な二国間原子力協定に対応しやすくなる副次的効果です。


 その他、拠出金を50億程度することを求められ、その対価(事故を起こした際に受け取れる額)は現時点では150億程度(しかし、その半分は越境被害等に当てられるため、実際には75億円程度)です。そもそも日本の原子力損害賠償法と比しても規模が小さいし、この点でもあまりメリットを強調するには足りません。


 その他、細かい技術的な論点がたくさんあります。今の原子力損害賠償法の改正に繋がる規定もあります。しかし、やはり一番大きいのが「隣国が入ってないのになんか意味あるの?」ということに尽きます。裁判権免除、事業者への責任集中、無過失責任等、CSCの規定は隣国が入ることで意味を持ってくるものばかりです。もっと言うと、アメリカ、アルゼンチン、ルーマニア、モロッコでの原子力損害事故が、日本にとってもこの条約発動になるくらいの規模であるとするなら、世界は(この条約など超越した)超危機状態でしょう。


 党内の議論で私は「中、韓、東南アジアを巻き込むための外交努力とセットで、日本のCSC加入を検討すべき。」と主張したのですが、それすら取り入れられませんでした。最後は、私には今一つ意味不明な「(今回、世界にご迷惑をかけたのだから)原子力の国際的な損害賠償体制に貢献する姿勢を示すことは意味がある。中、韓の加入を条件にするべきでない。」という論で進んでいきました。


 日本は、きっと自分が受け取ることのない50億円強の拠出金を約束して、アメリカの歓心を買いに行くのでしょうね(ただ実際に積み立てるわけではなく、事故が起こった際に出すおカネなので今すぐ財政支出があるわけではない)。しかしながら、この程度の技術的な条約に入ることは「(誰かエラい方の外国訪問に際しての、いわゆる)お土産」にすらならないでしょう。アメリカの対日姿勢に大きく影響するような内容のものではないでしょう。


 最近、党内で多いんですね、最初から結論が決まっている案件が。党内の議論がガス抜き化していることはこの同僚議員 の書いているとおりなのです。座長(いつも同じ方なのですが)が「最後は私に一任(つまり原案通り)」とすべての議論を纏めることが増えてきました。このCSCなんてのは、中、韓が入らないと全然日本にメリットがないことはアホでも分かるわけですが、それを撥ねつけて「一任」で押し切ることの意味が分かってるのかなと疑問は拭えません。


 いいのかな、これ、と思います。