あまり、書かないので分からないかもしれませんが、実は私は国会では経済産業委員会に所属しています。時折、「外務委員会ではないのですか?」と聞かれます。基本的には外務関係にはあまり近寄らないようにしています。先日、ある外務省政務三役から真顔で「何故、外務省出身の議員は外務省に温かくないのか?」と聞かれました。気の弱い私は笑ってごまかしてしまいました。


 ということで、今、経済産業委員会には「鉱業法改正」が上がってきています。色々な内容が含まれていますが、私の目で見て一番面白いのは「排他的経済水域での資源探査の許可制」です。これだけだと「何が面白いのか」が分からないでしょうから解説します。


 ここでのポイントは「排他的経済水域」を持ち出していることです。「大陸棚」ではないところがミソなのです。関係規定は次のようなものです。


【国連海洋法条約】

第56条  排他的経済水域における沿岸国の権利、管轄権及び義務

1 沿岸国は、排他的経済水域において、次のものを有する。
a 海底の上部水域並びに海底及びその下の天然資源(生物資源であるか非生物資源であるかを問わない。)の探査、開発、保存及び管理のための主権的権利並びに排他的経済水域における経済的な目的で行われる探査及び開発のためのその他の活動(海水、海流及び風からのエネルギーの生産等)に関する主権的権利

(略)
3 この条に定める海底及びその下についての権利は、第6部の規定により行使する。


 地下資源との関係で、ここに書いてあることは「地下の天然資源の探査については主権的権利を持つ」ということと「その権利は第6章(大陸棚に関する章)により行使する」ということです。そして、大陸棚に関する規定は次のようなものです。


【国連海洋法条約】

第77条  大陸棚に対する沿岸国の権利

1 沿岸国は、大陸棚を探査し及びその天然資源を開発するため、大陸棚に対して主権的権利を行使する。

(略)


 これだけだと、「なんだ、いずれにせよ沿岸国が主権的権利を持つということじゃないか」で終わるでしょう。しかし、そうではないのです。向かい合っている国の間(400カイリ未満)において、排他的経済水域と大陸棚はその画定の仕方が若干違うのです。ただ、国連海洋法条約の関係規定は全く同じです。若干、煩わしいですけども、そのまま載せます。


【国連海洋法条約(排他的経済水域のケース)】

第74条  向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間における排他的経済水域の境界画定

1 向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間における排他的経済水域の境界画定は、衡平な解決を達成するために、国際司法裁判所規程第38条に規定する国際法に基づいて合意により行う。
2 関係国は、合理的な期間内に合意に達することができない場合には、第15部に定める手続に付する。
3 関係国は、1の合意に達するまでの間、理解及び協力の精神により、実際的な性質を有する暫定的な取極を締結するため及びそのような過渡的期間において最終的な合意への到達を危うくし又は妨げないためにあらゆる努力を払う。暫定的な取極は、最終的な境界画定に影響を及ぼすものではない。
4 関係国間において効力を有する合意がある場合には、排他的経済水域の境界画定に関する問題は、当該合意に従って解決する。


【国連海洋法条約(大陸棚のケース)】

第83条  向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間における大陸棚の境界画定

1 向かい合つているか又は隣接している海岸を有する国の間における大陸棚の境界画定は、衡平な解決を達成するために、国際司法裁判所規程第38条に規定する国際法に基づいて合意により行う。
2 関係国は、合理的な期間内に合意に達することができない場合には、第15部に定める手続に付する。
3 関係国は、1の合意に達するまでの間、理解及び協力の精神により、実際的な性質を有する暫定的な取極を締結するため及びそのような過渡的期間において最終的な合意への到達を危うくし又は妨げないためにあらゆる努力を払う。暫定的な取極は、最的な境界画定に影響を及ぼすものではない。
4 関係国間において効力を有する合意がある場合には、大陸棚の境界画定に関する問題は、当該合意に従って解決する。


 しかし、この同じ規定が実際に適用されると全然違う効果を持つことになります。排他的経済水域は、向かい合っている国同士であれば、基本的には中間線で決まることが多いです。水域が重なり合うだけですから、そもそも中間線で決めることを阻む考慮材料がそれ程ないのです。逆に大陸棚は海底部分ですから、海底地形に左右される要素がないわけではありません。実際、かつては大陸棚については自然延長論が通説だった時代があります。日韓大陸棚条約は自然延長論が強かった時代にできているので、かなり韓国側に押し込まれた解決になっています。今は考え方が変わって、基本的には中間線をベースにする考え方が多数派ですが、かつて自然延長論が強かった時代の影響を完全に排除することはできていません。


 そういう中、この鉱業法改正において「排他的経済水域における主権的権利」を採用しているということは、端的に言えば中国に対する強いメッセージなのです。「自然延長論か中間線か」という大陸棚をベースとする議論に乗らずに、排他的経済水域を前面に出して「中間線をベースにやりますよ」という非常に強い姿勢を見せているわけです。


 勿論、日本の「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」においては、向かい合っている国との間では排他的経済水域も大陸棚も中間線をベースとする考え方が貫かれています。国内法的にはそう担保していても、国際法上の争点は上記のとおり、相当に異なっているということは注目しなくてはいけません。まあ、今の国連海洋法条約の制定時にどの程度「向かい合っている国の間で排他的経済水域と大陸棚のカバーする範囲がずれる可能性」を想定していたかは分かりませんが、今、東シナ海ガス田を始めとする日中間ではその問題が非常に鮮明なかたちで出てきているわけです。


 ここで排他的経済水域における主権的権利という、国際法でも認められている権利を前面に出して、東シナ海の境界画定に関する日中間の交渉を中間線をベースにさせる布石を打っているわけです。これは経済産業省の隠れたヒット作だと思います。以前、何度か書きましたが、私は「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」の改正を通じて、中国に強く出るべきという考えを持っていますし、その考えは変わっていませんが、この経済産業省のやり方は上手いと思います。


 まあ、実際には探査は許可制である以上、許可違反を取り締まる執行権が伴わないといけません。仮に中国が冒険主義で中間線を越えて資源探査をしてくるかどうかは分かりませんが、その時取り締まりは海上保安庁に頑張ってもらう必要があります。


 ・・・ということで、誰も注目していない渋いテーマなのですけども、この鉱業法改正には、日中間の境界画定におけるとても良いヒット作が含まれています。さて、中国はこれをよく研究しているはずです。次にどういう一手に出てくるか、そして、我々はそれにどう対応するか。そこは政治の責任だろうと思います。