昔、外務省の中東担当部局にいた際、「そもそも、エジプトという国はアフリカなんだろうか、アラブなんだろうか、それとも中東なんだろうか?(注:どのカテゴリーに位置づけるべきか、という問)」という議論をしたことがあり、結論としては「そのどのカテゴリーでもなくて、多分、エジプトはエジプトという独立したカテゴリーに入っているのではないか。」ということでした。更に続けて、「そして、その時々でアフリカだったり、アラブだったり、イスラムだったりと顔を使い分けている。」ということでした。私の周囲にいたアラブ専門家は概ねその意見で落ち着きました。私はこの見方がとても好きです。エジプトという国には、ともすれば色々な幻想を抱きたくなりますが、そういう期待に基づく判断はあの国の実情を見誤らせます。


 今のエジプト情勢については既に報道されているとおりですので、あまり付け加えることはありません。そういう中、昔から中東全般について思っていることを書き残しておきます。


● 今の政権が倒れたら、その先に来る政権は今よりも穏健でない可能性が相当にある。

 今のエジプトでも、やはりムスリム同胞団がモコモコと出てきては対イスラエルで強硬な意見を述べています。彼らがエジプトの政権をすべて握ることは想定し難いのですが、今よりももっと表に出てきて政権に明らかな影響力を与えることは十分にあり得ることです。ムスリム同胞団は政治活動をやっているだけでなく、社会的に福祉団体的な要素を存分に持っており、そういうところで根強い人気を確保しているということがあります(その点、レバノンのヒズボッラーにも似ています。)。


 仮にサダト大統領がイスラエルとの和平を行っていなかったら、この30年、中東ではもっと多くの血が流れていたでしょう。イスラエルとエジプトが少なくとも国交を有し、戦争をしなかったことの意義が今、もう一度問われかかっているのではないかと私は思います。そのエジプトで、今よりも対イスラエルで強硬な政権が出来ることが何を意味するかは言うまでもありません。


 なお、中東で独裁的な色彩の強い政権は、それが倒れたら、次に出てくるのはアフガニスタンのタリバーン的な政権になってしまいかねません。特にアラビア半島の一部の国はそんな感じがします。タリバーンが出てくるのを、独裁という名前の蓋で防いでいるようなイメージでしょうかね。だから、ダブルスタンダードと言われようとも、人権抑圧型独裁政権でもサポートしていかざるを得ないのです。


● 人気があるから良いというものでもない。

 今、エジプトで人気があると言えば、元外相のアムル・ムーサか、IAEA事務局長のモハメド・エルバラダイでしょう。特にムーサ元外相はとても人気がありますので、欧米的感覚から言えば、ムーサ元外相みたいな人物が大統領になるのがいいのだろうと思います。逆にエルバラダイは、IAEA時代、あまりアメリカの覚えがめでたくはありませんでした。


 ただ、今は軍の後ろ盾がないとキツいでしょう。国民的人気だけで走ることが、ああいう国ではとても難しいです。ナセル、サダト、ムバラクと独立後の大統領はいずれも軍人でした。60年近くそれで走ってきた国で軍経験のない人物が大統領になっていくのは、今の私にはちょっと想像しにくいです。


 かといって、今のスレイマン副大統領が大統領になっていくのかな、ということについても確信が得にくいです。元々は情報機関の長であり、端的に言えばスパイの親玉です。今のムバラク大統領との継続性を確保しつつ、かつ軍との関係を強く持ち、しかもアメリカとも通じている、条件としては良いのでしょうけども、今のエジプト国民がそれを受け入れるかなという疑問は拭えません。


 そもそも、国民的に人気があるけど軍部・保守層を抑えることができない政権ほど、中東では意味がないものはありません。そういう人は欧米の寵児になることが多いのですが、大体にして国内を動かせずに成果がないまま任期を終えていくことになります。この世界観の違いを冷徹に見極める必要があります。


 まあ、エジプトについて言えば、スレイマン副大統領が74歳、ムーサ元外相が73歳、エルバラダイ元IAEA事務局長が68歳ですから、誰が大統領になろうとも「ワンポイント・リリーフ」的な要素があります。


 ・・・、ということで、中東に少しでも精通している方なら「分かってる、そんなことは」とお叱りを受けるような内容ではありました。


 最後に日本の取るべき立場ですが、私は「深く立ち入らず、良いタイミングで良いコメントを出しておく」というのが一番いいと思います。最終的には米・エジプト間のやり取りで太宗は決まってしまうでしょう。そこに影響を及ぼせるという勘違いをしないことです。「良いタイミングで良い談話」、これ以上の取組は殆ど意味を有せず、徒労に終わるだけです。それは中東和平全体にも当てはまることだと思っています。