昨年末、うちの街に蓮舫大臣が来られました。多くの方から「事業仕分けで縁が出来たから、おまえが呼んだのだろう?」と聞かれましたが、そんな事実は全くありません。


 ちなみに内容は「稼働している工場を世界遺産に申請できるか」というテーマでした。今、我が街北九州市は八幡製鐵所の施設の一部を産業遺産としてユネスコ世界遺産に申請しようとしています。「九州・山口の近代化産業遺産群」というかたちで、今、暫定リストには載っています。ただ、八幡製鐵所の産業遺産の中には、まだ稼働しているものがあって、そういうものを世界遺産に申請することに若干の障壁があるということです。


 実は他国の世界遺産の中には「現在、稼働している工場」が既に入っています。なのに、日本は申請すら阻まれかねない状況です。それにはユネスコの基準とは全く関係のない、日本特有の事情があります。そこに蓮舫大臣はアタックするため、現場で八幡製鐵所に視察に来られたということです。


(注:私は九州・山口の近代化産業遺産群がユネスコの世界遺産になるべきかということについては別途の見解を持っていますが、ここではあくまでも規制緩和の観点からの記述とさせていただきます。)


 なお、この稼働している工場をユネスコの世界遺産申請することについての文部科学省と国土交通省の見解は以下のようなものです。長いのですが、そのまま載せます。


【内閣府のペーパー抜粋】

(文部科学省)
・ 世界遺産条約は、世界遺産の価値を将来にわたって万全な対策により保護するための制度であり、締約国は、自国の文化遺産及び自然遺産を保護、保存し、将来へ伝えることが第一義的な義務とされている。
・ 文化財保護法は「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もって国民の文化的向上に資すること」をその目的としており(第1条)、世界遺産条約と基本的にその趣旨を同じくするものである。このため、我が国では、これまで推薦を行う文化遺産について、原則として文化財保護法において指定・選定されているものに限っている。これは、文化財の保存と活用等を目的とした文化財保護法によって資産を適切に保護することができると考えるためである。
・ 文化財保護法は、貴重な国民の財産である文化財を保護するため、指定・選定から保存活用に至るまで、一貫して万全な対策を講じている。
これは、世界遺産条約で求められている遺産の保護・保存という要請に応えるものであり、我が国において人類共通の遺産である世界遺産の確実な保護措置として、文化財保護法による担保が最も適している。
・ 以上のことから、文化財保護法はこれまでの審査においても国際的にきわめて高い評価を得ている。
・ 近年、ユネスコの世界遺産委員会においては、近隣の開発計画の有無など、登録時のみならず登録後においても保全状況についてチェックが厳しくなっており、資産の保護措置が非常に重要な課題となっている。
・ これは昨年、ドイツのエルベ渓谷が、新しい橋の建設計画の継続により、世界遺産の登録を抹消されたという例や本年の新規登録案件中や危機遺産リストにおける審議において周辺の開発計画により世界遺産としての価値が損なわれる危険性ついてきわめて重視されていることからも明らかである。
・ 稼働中の資産の価値を将来にわたって保護する仕組みについては、このような世界遺産に係る近年の動向等も踏まえて、個々の資産に係る世界遺産の登録申請に向けた取組の中で、文化財保護法による指定・選定以外の方法も含めて、検討が行われるものと考える。

(国土交通省)
・ 九州・山口の近代化遺産において文化財保護法に基づく価値保全は日々の経済活動の妨げになるだけでなく、産業遺産の価値を壊す場合もあるとの指摘がある。例えば、三池港の場合は工業港として稼働することが一番の価値保全であり、文化財保護法は稼働中の工業港としての価値保全になじまないとされている。
・ 他国に目をやると、世界遺産の保全で稼働施設の多くは文化財保護法以外で保全されている。一義的には、文化庁と内閣府規制改革室で取り扱うべき課題であるが、産業遺産の保全は経済活動と共にあるため、登録を希望する者が、その産業の内容や歴史的意義を理解した上で、容易に申請できる枠組みが重要であると考える。

【抜粋終了】


 私は国土交通省の言っていることが100%正しいと思います。「文化遺産」のカテゴリーに入るユネスコの世界遺産はすべて「文化財保護法」の範疇に入らなくてはならないという理屈は何処にもありません。そもそも、ユネスコ自体がそれを求めていないのです。以下、英語の文章になりますが、ユネスコが出している「Operational Guidelines for the Implementation of the World Heritage Convention」というペーパーの該当部分抜粋です。


【Operational Guidelines抜粋】

97. All properties inscribed on the World Heritage List must have adequate long-term legislative, regulatory, institutional and/or traditional protection and management to ensure their safeguarding. This protection should include adequately delineated boundaries. Similarly States Parties should demonstrate adequate protection at the national, regional, municipal, and/or traditional level for the nominated property. They should append appropriate texts to the nomination with a clear explanation of the way this protection operates to protect the property.


98. Legislative and regulatory measures at national and local levels should assure the survival of the property and its protection against development and change that might negatively impact the outstanding universal value, or the integrity and/or authenticity of the property. States Parties should also assure the full and effective implementation of such measures.

【抜粋】


 ここでのポイントは97.の太字部分で「and/or」となっていることでして、この中には「legislative or regulatory or institutional or traditional protection and management」というものも含まれます。となると、そもそも法律での保護及び管理であることすら必要条件として求めているわけではなく、「regulatory」や「institutional」が「or」で結ばれて入ることからも、場合によっては「条例レベルでの保護及び管理でも十分」ということを許容していると考えることができます。


 勿論、その後、98で「and」ですべて結ぶようなかたちで記述されていることもありますし、国の関与が全くなくていいとまで私は言いませんが、何も「文化財保護法」である必要はないし、場合によっては地方が条例レベルできちんと保護しているものを国が側面的にきちんとサポートすることでも十分足りているという解釈をすることができます。


(注:私は国の法律による保護及び管理を軽視しているわけではなく、あくまでもユネスコが各国にどういうものを求めているかを書いているだけです。国が責任を以てやるのであれば、それがより望ましいということは言うまでもありません。)


 別にユネスコが「文化財保護法」での保護、もっと言えば法律による保護を絶対的には求めていないわけですから、後は障壁となっているのは「文化庁」というお役所だけなのです。最も下品に言えば、「文化遺産のカテゴリーでユネスコの世界遺産に申請できるのは、俺が認めるものだけだ。」という一点に尽きます。そして、その拠り所になっているのは文部科学省設置法だけです。そこに「ユネスコ活動の振興に関すること」が文部科学省の所掌事項になっていることを頼りに、誰もが望んでいない役割を果たしているような気がしてなりません。


 まあ、もっと邪推すれば、この近代化産業遺産は経済産業省が推し進めたプロジェクトでありまして、それに対して文化庁が単に反発しているという絵姿も見えてきます。いわゆる省庁間の権限争い、縦割りの世界です。「経済産業省が認定したものなんか、相手にできるか」と言っている文化庁の姿が目に浮かぶようではあります。一国会議員の立場から言えば、「そんなことで国民目線に立たない肩肘を張っていたら、いずれ権限が引っぺがされるかもよ、あなた達。」と言いたくなります。


 と、ここまで色々と書いてきましたが、こういう事情は基本的には日本にのみ生じます。外国にはこういう論争はまずあり得ないと思います。そういう意味で、本当に消耗させられる話ではあります。