グルジアとロシアの国境が開かれたというニュースを見ました。2008年に両国の関係が非常に悪化した際、ロシアが国境を閉じてしまいました。今、グルジアとロシアの陸路で比較的大きく、普通に使える国境はここだけです(それ以外はロシアの影響が強い南オセチア共和国か、アブハジア共和国を経由しないと無理)。


 ロシア側のヴェルフニー・ラルスという、ヴラディカフカースから数十キロの場所で国境再開のセレモニーが行われたそうです。なんでも、スイスが仲介をしたらしく、この辺りは上手いですね。日本もこういうことができるようになると良いのですが・・・。


 ちなみに、私はこの国境のグルジア側に行ったことがあります。カズベギというところでして、当時はそれ程危なくはありませんでした。ただ、真冬に行ったので、周囲のグルジア人からは「何もないからつまらないし、道路が滑るので危ないぞ」と言われ、相当に慰留されました。


 ただ、「やっぱり、グルジアまで来たからには行ってみよう」と思い、マルシュルートカと呼ばれる乗り合いバスに乗って、首都トビリシから3時間半くらいのロシア・グルジア国境まで行ってみたわけです。当時、外務官僚だったわけで、「よくそんな所に行ったもんだ」と我ながら感心してしまいます。現職の外務官僚であそこまで行ったことのある人は皆無に近いと思います。


 マルシュルートカの中ではへんてこな日本人が珍しいらしく、あれこれ話しかけられましたがさっぱり分かりませんでした。ただ、風景は美しかったですね。正に「大コーカサス」のど真ん中。壮大な山に囲まれる中、時折見えてくる人家を見ては「どうやって生活しているのかな」といった感慨にとらわれたものです。


治大国若烹小鮮 ― おがた林太郎ブログ

(カズベギへ向かう車中にて)


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(国境まであと少し)


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(Oh, it's Greater Caucasas!!)


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(カズベギの街で出会ったソリに乗る少年達)


 たしかにカズベギの街には大したものがありませんでした。ツミンダ・サメバという美しい教会が山の上にあるとロンリープラネットに書いてあったので行こうと思ったのですが、雪が深すぎてだんだん辛くなってしまい、止めてしまいました。行ったのはいいけど、寂しげなロシアの田舎町という雰囲気がありありと出ていて、周囲に人はいないし、寒さで凍えてくるし、言葉は全然通じないし、這々の体でした。通りがかったマルシュルートカをつかまえて、トビリシまで帰ってきました。そのマルシュルートカには私以外には殆ど客がおらず、ロシアから輸入してきた買い出し物あふれる中、おまけとして乗せてもらったような物です。トビリシに帰ってきて、「ああ、都会に戻ってきた」とホッとしたのを思い出します。


 ただ、ああいう地域を見ることができたのはとても幸運でした。今でもグルジア・ロシア紛争と聞くと、あの時のことを思い出します。今回、国境が開いたということですが、セレモニー終了後も通る人は殆どいなかったそうです。ロシアとグルジアとの関係がそうそう簡単に上手くいくはずもありません。ロシアは今後とも南オセチア共和国とアブハジア共和国への影響力を行使しようとするでしょう。なお、両国を国家承認しているのは、ロシア、ニカラグア、ヴェネズエラ、ナウルだそうです。聞いただけで「何なんだよ、それ」と思います。何となく、昔、タリバーン政権をチェチェン政府が承認したという話を聞いた時の脱力感に似たようなものがあります。ただ、これも面白くて、ロシアに近いと思われているベラルーシは両国の国家承認を断って、それがロシア・ベラルーシ関係に陰を投げかけているといった話もあります。結構、ロシアは本気なのかもしれません。


 別に結論めいたものはありませんが、何となく懐かしくなってエントリーを書きました。