色々な「密約」が日米にはあると言われています。「外務官僚やってたんだから知っているだろ?」と聞かれますが、本当にその存在を知りません。密約があることを前提にした資料を目にしたことは一度もありません。ということで、ちょっと今日は「密約」というのがどういう扱いになるのかということを考えてみたいと思います。以下は「密約がある」という前提を立てた上で書いています。


 まず、「密約」は「条約」なのか、という非常に根本的な問いがあるのです。国と国との関係を拘束するようなものであるのかどうか、ということですね。


 例えば、1960年1月の安保条約改定時の核持ち込みに関する「密約」とされるものは「討論記録(Record of Discussion)」だと言われています。これにサインをしたのは、藤山外相とライシャワー大使です。さて、これがどうかということです。名前が「討論記録」だからといって、その文書の合意としての効果が否定されるわけではありません。


 あくまでも中身が問題でして、報道で聞く限りは「核搭載艦の立ち寄り、通過」については核兵器の持ち込みに当たらないというものですから、屁理屈が好きな方は「単なる条約(岸・ハーター交換公文等)の解釈を確定させただけで、この討論記録自体は条約ではないというかもしれません。


 しかしながら、この討論記録自体は法律的効果を持っていると思われます。この討論記録の有無によって、国内法の改正が必要になるかならないかが左右されます。普通に考えれば、「岸・ハーター交換公文等に付随する議定書」的なものとして、一つの条約を構成すると見ていいはずです。しかも、法律事項が含まれますから、普通であれば国会承認条約でしょう。いずれにせよ、単なる解釈文書と位置付けることは無理でして、結論としては、この討論記録は条約と言っていいでしょう。


 では、この条約が国内法的にどういう扱いかというと、やはり憲法との問題が出てきます。


【憲法】

第73条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
3.条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。


 本来、国会承認条約としての効果を持つこの討論記録ですが、明らかに憲法に違反しますね。では、憲法に違反したから無効かということですが、ここは難しいですね。条約締結に際しての基本ルールを定めた条約法条約を見てみましょう。


【条約法条約】

第46条 条約を締結する権能に関する国内法の規定

1 いずれの国も、条約に拘束されることについての同意が条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にする根拠として援用することができない。ただし、違反が明白でありかつ基本的な重要性を有する国内法の規則に係るものである場合は、この限りでない。

2 違反は、条約の締結に関し通常の慣行に従いかつ誠実に行動するいずれの国にとつても客観的に明らかであるような場合には、明白であるとされる。


 憲法に反するかたちで署名された「密約」は、「(国内法の規定に対する)違反が明白でありかつ基本的な重要性を有する国内法の規則に係るものである」かということですが、普通であればそういうものだと認定されるでしょう。ただ、この関係でアメリカ側が今、「密約の問題は偏に日本の内政問題」だと言っていることが気になります。アメリカ側から言わせれば「自分たちは討論記録の締結プロセスが日本国憲法で定められた行政の権能を超えた違反かどうかということは知らない。自分たちとしては正当に締結された国際条約だと認識している。国会承認をするかどうかも、それはおたくの問題で、そもそも締結時にそんなことは明らかではなかった。すべてはおたくの内政事情だ。」ということなのかもしれません。ちなみに、藤山外相もライシャワー大使も国の代表として条約への署名権限を持っています。


 なお、条約法条約上は以下の要件の場合は条約を無効とするようになっています。


・ 条約締結の国内手続きに明白に反した場合
・ 条約締結資格者が、事前に相手に通告された制限を越えて同意を行った場合
・ 錯誤があった場合
・ 詐欺があった場合
・ 買収があった場合
・ 国の代表者に対する強制があった場合
・ 国に対する強制があった場合
・ 強行規範に抵触した場合


 これ自体、細かく見ていけば色々な解釈がありますが、上記で述べた「国内法の規定に明白に違反」すること以外は援用する可能性はないのではないかと思ったりします。なお、「密約である」という事実だけをもって無効であるというような規定はありません。


 ちなみに、その関係で国連憲章には以下のような規定があります。


【国連憲章】

第102条(条約の登録)
1 この憲章が効力を生じた後に国際連合加盟国が締結するすべての条約及びすべての国際協定は、なるべくすみやかに事務局に登録され、かつ、事務局によって公表されなければならない。
2 前記の条約又は国際協定で本条1の規定に従って登録されていないものの当事国は、国際連合のいかなる機関に対しても当該条約又は協定を援用することができない。


 できる限り、秘密条約みたいなものをなくそうという意図を感じますが、これとて効果としては「国連機関に対して援用できない」だけです。したがって、この「密約」を国連機関に対して援用することはできないということは確実です。


 ちまちま書きましたが、結論は以下のとおりです。


・ 日米の核密約は条約である。

・ その条約は憲法違反で締結された。

・ ただ、その事実をもって条約の無効を主張できるかと言えば、できないわけではないし、主張すべきだが、多分、一筋縄ではいかない。


 まあ、相当にオタクな世界ですけど、これから実はこういう論点も出てくるのではないかと思っています。もし、条約の読み方が間違っていたり、異論反論があったりする場合、どんどんご指摘ください。