共同通信社が、日米安保条約改定について、核兵器を積んだ米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りを黙認することで合意した密約について特ダネを出していました。この記事を書いた記者と思われる方は、よく知っている方でして、「ああ、引き続き頑張っておられるな」と感心しました。
つまり、こういうことです。今の米軍による核持込については、以下が政府の公式的な立場になっています。少し略していますが、政府の公式見解です。
● 日米安保条約及び関連の国際約束により、核装備を有する米軍艦の我が国領海の通過を含め、いかなる核兵器の我が国への持込みも事前協議の対象。核兵器の持込みについての事前協議が行われた場合には、政府としては、常にこれを拒否する所存。
● 核兵器持込みについて米国が事前協議を行うことは条約上の義務。米国は条約及び関連国際約束の義務を誠実に履行しており、事前協議がない以上、核兵器持込みがないことについて疑いを有していない。
● 核兵器持込みに関する事前協議制度についての日米間の合意は、日米安保条約第六条の実施に関する交換公文(岸・ハーター交換公文)及びいわゆる藤山・マッカーサー口頭了解がすべてであり、秘密であると否とを問わずこの他に何らかの取決めがあるという事実はない。
(参考)岸・ハーター交換公文
合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。
上記に加えて、アメリカは「核の持込についてはコメントしない」という立場です。あと、日本は公式的に「核の傘に守られている」ということも言っています。それを前提に下記の記述をしていきます。
しかし、この持ち込みについて、「寄港のようなものは持ち込みに当たらない」という密約があると言われており、今回、共同通信社の取材により、外務事務次官経験者が「そういう密約はあって、外務省上層部だけで管理してきた。役所側の判断で橋本龍太郎氏、小渕恵三氏ら一部の首相、外相だけに伝えていた。」ということを証言したと言うことです。これ以上の細かいことは是非共同通信社のウェブサイトをご参照ください。
我が党の岡田幹事長は「政権交代したら、この手の密約モノはすべて公開する」と言っています。これについて思うことを書き連ねておきます。
まず、犯人探し的なことは止めたほうがいいでしょう。といっても難しいのだろうと思いますが、何故私がそう思うかというと「生産的でないから」です。「誰が密約を作ったのだ?!」、答えは岸総理大臣でしょう。「何故、そんな密約を作ったのだ?!」、当時の事情でそうせざるを得なかったからでしょう。「何故、外務省は隠したのだ?!」、昔のことは知らないけど、そういう申送りになっており、とても自分(外務事務次官)の判断で歴代政権の論理の積み上げを覆すことはできなかったからでしょう。「核は持ち込まれていたのか?!」、多分、そうだろうと思うけど、検証は出来ないということになるでしょう。「何故、特定の政治家のみに教えたのか?!」、政治家は口が軽いから、確実な人にしか教えられないということでしょう。過去の色々な経緯を追求してもこれ以上のものが出てくるとは思えません。しかも、現在の外務官僚叩きをするのは、役人叩きをしたい方には溜飲が下がるかもしれませんが、これまでの積み上げの咎をすべて現役に帰するのは無理があります。
それよりも、この密約が密約でなくなったと仮定した際の、日本の安全保障のことを真摯に考えるきっかけにすべきだと思います。幹事長が密約を公開すると言っている以上、我々が政権与党になった時に、ただの役人叩きでなく、これまでの自民党政権叩きでなく、そういうビジョンを提示することのほうが遥かに重要です。
少しシミュレーションをして見ましょう。
仮に密約が存在したとして、それを公開したとしましょう。その時に選べる可能性は二つあります。「密約の内容を否定する」、つまり今後は寄港、通過等を一切認めないという立場を実質的にも貫くということです。その結果がどうなるかというと、多分、これまでの「アメリカが事前協議をしていないから持ち込みはない」という理屈に疑念が投げかけられるでしょう。日本政府は、アメリカに対して疑いの目を注がざるを得ないようになります。そして、強い姿勢で米軍に対して、「ちゃんと事前協議しろ」と言うことになりますね。かなりの可能性で実質的に核兵器搭載艦の寄港・通過を止めさせることができるようにはなると思いますが、米軍との関係がギクシャクするでしょう。
更に重要なのは、これまで阿吽の呼吸で米軍は「あいまい戦略(日本に核を持ち込んでいるとも持ち込んでいないとも言わない)」を採用しており、それ自体が抑止力になっていたところがあったと思います。日本はそれを絶対に認めることはありませんが、まあ、ホンネのところではこのあいまい戦略が、日本の言う「核抑止力」の一端を担っていた面があるのでしょう。となると、ここで密約を公開して、その内容を否定する時、「これからは核兵器は本当に日本国内にはありません!」と公式的に宣言することになるわけですから、日本を取り巻く核抑止力に明確なかたちで少し穴が出来ることになります(今でも、日本の公式ポジションとしては穴があることになっているわけですが、アメリカのあいまい戦略によって、そのあたりをカバーしていたわけです。)。そういう日本側として絶対に公式的に認めることのない他国のあいまい戦略で安全保障をカバーしていることが良いことなのかどうかは議論があるでしょうが、現実はこういうことだと思います。
では、密約を公開した上で、その内容を一部、今の日本の安全保障政策に取り入れるという選択肢も理屈の上ではあるでしょう。しかし、これはちょっと政治的に難しいでしょうね。ただ、私は「通過」くらいは議論する余地があるのではないかなと思っています。かつて書きましたが、国際法では領海は12海里まで認められることになっています。日本も国土の大半で12海里を主張しています。しかし、5箇所だけ12海里を主張することすらしていない場所があります。それは宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡です。つまり日本海や東シナ海から太平洋への出口の海峡では、領海を3海里しか主張していません。これは色々な理由が付けられていますが、恐らくは核搭載艦の領海通過を認めていないので、5つの海峡に隙間(公海部分)がないと米軍の核搭載艦は日本海に入れないのです。だから領海の主張を控えることで隙間を作っておいて、米の核搭載艦が日本海に自由に通航できるようにしているのだと思います。その帰結として、例えばどの国の軍艦であっても5つの海峡を何の制限もなく自由に通航できるということになります。一つのオプションとしては、米軍の核搭載艦の領海通過を認めつつ、領海12海里を主張して5つの海峡に存在する公海部分の隙間を塞ぐことで北東アジア有事にきちんと対処できるようにするということもあると思うのですね。そもそも論として、日本の自主的判断で領海の範囲を狭めていること自体も問題でしょう。異論、反論はあると思いますが、これはきちんと議論していいテーマだと思います。
今日はかなり踏み込んで書きました。一つだけ誤解のないようにしておきますが、私は核兵器のない世の中がいいと思っていて、そのための努力を日本は継続すべきという立場ですし、日本の核武装には反対です。しかし、北東アジアの現状を考えれば、これは単に「密約があった」→「けしからん」で止まってはいけない広がりのあるテーマです。密約を公開してしまった後のシナリオがきちんと描けていないと、政権交代後右往左往することになりかねませんからね。