谷内政府代表が、北方領土は面積で50%対50%で分ける解決策にすれば、歯舞、色丹、国後+択捉の一部が帰ってくることになるみたいな話を示唆して波紋を巻き起こしていました。谷内政府代表は、私が外務省の試験を受けた際の人事課長でして、当時ただの跳ね上がり気味で変な学生だった私を採用してくれた恩人です。


 恐らく、これは麻生総理と示し合わせた上での動きだろうと思います。谷内政府代表は麻生総理が外相時代の事務次官で、非常に関係が近いです。かつ、私が知る限り、非常に腹の据わった方なので、観測気球を上げて国内の反応を確かめようとしたのではないかと私は思っています。中曽根外相にすら根回しをせずに、麻生-谷内ラインで示し合わせただけでしょう。


 ちなみに過去にも書きましたが、この「半分こにする解決策」は、中露での国境紛争の際の解決策ですね。国境画定の交渉の最後に、アムール川とウスリー川の間にある2つの島について、「痛み分け」ということで面積を半分ずつにする方策が採られました。これが少し念頭にあるのでしょう。


 ただ、ちょっと疑問なのは、何故このタイミングで観測気球を上げたのかということです。こういうのは一旦上げてしまうと、ロシア側へのサインになるでしょうし、かつ交渉をやりにくくなるんじゃないかなという気になります。政府の公式見解は引き続き「4島の帰属を確定して平和条約を締結」ですので、ここで「3.5島で動いている」という疑念を周囲(特に日本国内)から抱かれるということにどういうメリットがあるのか、まだちょっと見えてきません。


 ところで、この北方領土返還の話ですが、もう一度「我々は領土返還によって何を求めているのか?」ということを真摯に考え直してみます。読者各位は、領土返還によって以下のどれを実現したいと思われますか。


① 領土は国の大本であり、固有の領土を取り戻す。

② 旧島民の方々が戻る場所を確保する。

③ 北方四島の領海及び200海里水域等に付随する漁業権を確保する。


 日本の現在の意思が奈辺にあるのか、ということをきちんと確認することが必要だと思います。日本という国の観点からは当然①ですね。②ですが、旧島民やその子孫の方々は返還時に北方四島に戻る意思を有しているかどうかということがポイントになります。恐らく現状では戻って定住することは、インフラが不十分で難しいでしょう。過去のノスタルジアの場所とするのか、それともきちんと政府が資金を投入して住みやすい環境を作った上で居住空間として整備するのかということです。③は北海道東部で漁業を営む関係者の悲願です。


 あの地域での漁業については、構図が非常に複雑でして、漁業条約(200海里水域内での普通のお魚)、さけます協定(200海里水域内での回遊魚)、四島周辺漁業協定(北方四島領海内での漁業)というのが大きくありまして、それに加えて納沙布岬からすぐのところに見える貝殻島での昆布採取協定というのがあります。ちなみに条約としての出来(中身ではなく、あくまでも条約としての出来)が秀逸なのは四島周辺の漁業協定です。説明するのが難しいので避けますが、今、交渉したらあんな条約は絶対に無理でしょう。逆に出来があまりよくないのがさけます協定です。相当に漁業関係者や国会議員辺りから交渉妥結を強く迫られ、無理をしたのだろうなということが見える条約です。これだけでは意味不明でしょうから、いつかまた書きます。


 話が少し飛びましたが、今、日本は何を確保しようとしているのかということです。恐らく「3.5島論」の方の発言の背景には③がある程度確保できればいいという思いがあるのではないでしょうか。しかも、住民数で行けば、昭和20年8月15日時点で歯舞5281人、色丹1038人、国後7364人、択捉3608人の住民が居たとの統計が残っています。四世の方まで入れた旧島民及び子孫の数は、歯舞11040人、色丹2136人、国後16233人、択捉7050人でして、3.5島でかなりの人の思いがカバーできるということもあります。谷内政府代表や、その後ろにいると思われる麻生総理の心中は「主権」よりも「実益」の方に少し傾いているのかもしれません。


 さて、領土は国の大本、仮にそれを譲るということであれば、国会を一回解散して信を問うくらいの気概が必要なテーマです。もしかしたら、今、3.5島で超秘密交渉が行われているかもしれませんね。本当に数人しか知らないレベルで。