80年代に「サイキック・マジック」 なる曲が流行りました。GIオレンジというグループが歌っていました。たしかによく聴いた記憶があります。「夕やけニャンニャン」のテーマソングに使われていたせいかもしれません。オリエンタルな雰囲気を漂わせる曲で、日本のみで爆発的にヒットしました。


 別に今日はR35の音楽紹介ではなくて、「GI」という言葉について考えていたら、「サイキック・マジック」が脳裏に甦ってきただけです。国際貿易の中で「地理的表示(Geographical Indication)」という言葉がありまして、それを通称「GI」と呼ぶのです。ただ、それだけの話です。以下は「GIオレンジ」とは一切関係がありません。


 先日、地元で焼酎を呑んでいたらこんな表示を見つけました。


王侯将相いずくんぞ種あらんや
 

 これは何かと言うと、この「薩摩」という名前が、TRIPS協定という国際貿易の枠組みの中で「地理的表示(GI)」としてきちんと保護されているんですよということが書いてあります。少し敷衍します。


 まず、地理的表示とは何かと言うと「ある商品に関し、その確立した品質、社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において、当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示」というふうに定義されています。つまりは、ボルドー産ワインが「ボルドー産」と表示されることで、高い評価に繋がることを指します。だから、逆に私の北九州はワインでは有名でありませんので、「北九州」ワインという表示については、これは「地理的表示」とは呼びません。あくまでも、その産地表示が価値、評価に直結している場合のみ、「地理的表示」というふうに呼ばれます。


 1993年に纏まったGATTウルグアイラウンドで、欧州諸国がこの地理的表示を守れとかなりしつこく食い下がったのです。というのも、例えば、シャンパーニュ地方で作られないスパークリング・ワインが「シャンペン」として売り出されたり、ボルドーで作られないワインに「ボルドー風ワイン」と表示されたりして、市場を荒らされたことに迷惑こうむったからです。欧州では、域内で既に長らく法的措置が講じられてきたのですが、それをEU外の国でも守れと言って来たわけですね。その結果、以下のような規定が設けられています。


【TRIPS(知的財産権の貿易的側面に関する協定)】

第22条 地理的表示の保護
(1) この協定の適用上、「地理的表示」とは、ある商品に関し、その確立した品質,社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において,当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示をいう。
(2) 地理的表示に関して、加盟国は、利害関係を有する者に対し次の行為を防止するための法的手段を確保する。
(a) 商品の特定又は提示において、当該商品の地理的原産地について公衆を誤認させるような方法で、当該商品が真正の原産地以外の地理的区域を原産地とするものであることを表示し又は示唆する手段の使用

(略)



第23条 ぶどう酒及び蒸留酒の地理的表示の追加的保護
(1) 加盟国は、利害関係を有する者に対し、真正の原産地が表示される場合又は地理的表示が翻訳された上で使用される場合若しくは「種類(kind)」、「型(type)」、「様式(style)」、「模造品(imitation)」等の表現を伴う場合においても、ぶどう酒又は蒸留酒を特定する地理的表示が当該地理的表示によって表示されている場所を原産地としないぶどう酒又は蒸留酒に使用されることを防止するための法的手段を確保する。

(略)


 難しいので噛み砕くと、あらゆる商品について誤解が生じることのないように「地理的表示」を守りましょうというのが第22条です。第23条は、その中でもぶどう酒と蒸留酒については、地理的表示について誤解が生じる恐れがなくても、地理的表示を使うことまかりならんという規定です。例えば、「長野産ボルドー風ワイン」だと長野産であることは明らかなので誤解は生じないでしょう。だけど、そういうのもダメよということです。


 これは欧州諸国と新大陸との対立の様相が強いのです。欧州諸国は、その地で長年にわたって培ってきた製造方法等で品質を確立してきたのに、そのネームバリューを勝手に使われちゃ困るということで、逆にアメリカなんかでは移民がかつての故郷を思いながら作った商品なのに、その故郷から名前を使うなと言われて憤慨しているという感じです。歴史の長さそのものが対立の原因になっている面が強いですね。


 その結果、妥協点として見出されたのが今のTRIPS協定第23条です。アメリカなんかに言わせれば、「まあ、不愉快だが欧州諸国がうるさいのでワインと蒸留酒くらいは認めてやろう」ということで落ち着きました。したがって、今ではワインや蒸留酒では、誤解がなくても勝手に他の地名を使ってはいけないことになっています。日本にいて、やっぱり多いなあと思うのは「シャンパン」ですね。色々な会に行くと「シャンパンで乾杯」みたいなことになることがあります。よく見てみると、「シャンパン」とは書いていません。「あー、それはスパークリングワインではあってもシャンパンとは呼んじゃいかんのだがな。」と密かに思っていますが、単なるウンチク垂れで興ざめもはなはだしいので口にはしません。


 そして、そういうルールができたので、日本でも適用できるものを探そうということで、今、地理的表示として認められているのが、焼酎では壱岐、球磨、琉球(泡盛)、薩摩で、清酒だと白山で5つになります。私は母が球磨川沿いの人吉市生まれなので、「ああ球磨がこんなところに出てきたのか」と感慨深いものがあります。これについては、例えばアメリカで「KUMA-Style Shochu」というものを売り出すことは禁じられています。まあ、あまりそういうのはないような気もしますけど、国内的には少し効果があるかもしれません。ということで、冒頭の画像は「薩摩」という名前は地理的表示で保護されていて、北九州産薩摩テイスト焼酎なんてのはダメなんですよ、ということが書いてあって、更にはこの地理的表示で認められた「薩摩」の名前を大事に守っていきます、ということが書いてあります。


 これで終われば、まだいいのですが、欧州諸国はこれをぶどう酒、蒸留酒のみならず、すべての商品に拡大したがっています。チェコのビール「ピルスナー」、チーズで言えばイタリアのゴルゴンゾーラ・・・、まあ欧州が保護したがっている商品は山のようにあります。ちなみに「国名は地理的表示か?」という議論がありました。どうも国名は違うみたいでして、したがって「ブルガリア・ヨーグルト」はこの対象にはなりません(ただ、明治乳業はたしかブルガリアにお金を払って名前を使っているようではあります)。


 これを認めるかどうか?というのは、今のWTOドーハラウンド交渉の中でも結構大きなテーマでして、最近の交渉経緯は知りませんが、欧州とアメリカがかなり激しく交渉していました。アメリカからは「雪印の『切れてるカマンベール』はもう商標としては使えなくなる」と働き掛けがありましたし、欧州からは「欧州でKOBE-Beefというのが売られているがそういうのを防止したくはないか?」みたいな働き掛けがありました。どっちが得なのかなというのは、国内官庁間でも相当に温度差がありましたね。農林水産省の中でも、担当部局によって少し割れていたような気がします。


 この議論の中で面白いと思ったのが、中国と台湾の論争でした。台湾では、蒋介石勢力が入ってきて以来、大陸中国を思い出し、その製法で例えば「紹興酒(醸造酒なので今はTRIPS協定第23条の規制対象外)」を作っていたりします。紹興酒というのは浙江省紹興市で作られていて、TRIPS協定の規定が拡大されると台湾産紹興酒は全部ダメになります。「ああ、これも欧州とアメリカの対立みたいなもんだな」なんてことを思いました。


 さて、日本もどちらかと言えば古い国になります。日本には地名が付けられて、その地名自体に価値があるケース(つまり「地理的表示」)はたくさんあります。ただ、それが国際的に名が売れているかというと、あまり多くはありません。認めたほうが得なのか、認めないほうが得なのか、悩ましいですよね。読者各位はどう思われますか。


 そもそも「地理的表示」自体が、地名によって人の認識に何らかの影響を与え、購入する方向に向かわせるというものですからね。それは「サイキック・マジック」のようなものなのかもしれません。ちょっとこじつけっぽいですが、おあとが宜しいようで。