【今回のエントリーも、前回に増して、更に法律に関心のない方には苦痛の極みです。予めお断りしておきます。】


 「自衛権」なのですが、もう一つ気になっていることがあります。それは「正当防衛」との関係です。もう一度、英語とフランス語で対比してみたいと思います。


【国連憲章第51条(英語)】

Nothing in the present Charter shall impair the inherent right of individual or collective self-defence if an armed attack occurs against a Member of the United Nations, until the Security Council has taken measures necessary to maintain international peace and security.


【国連憲章第51条(フランス語)】

Aucune disposition de la présente Charte ne porte atteinte au droit naturel de légitime défense, individuelle ou collective, dans le cas où un Membre des Nations Unies est l'objet d'une agression armée, jusqu'à ce que le Conseil de sécurité ait pris les mesures nécessaires pour maintenir la paix et la sécurité internationales.


 まず、英語では「固有の」という言葉として「inherent」という言葉が当てられていますが、その一方でフランス語では「自然権」という意味合いのある「droit naturel」という言葉です。「固有の権利」と「自然権」という言葉の間にどういう差があるのかは難しいところですが、大陸法における自然権の議論は非常に深いものがあります。単なる「inherent right」と同一のものとは到底思えません。まあ、自然権というのは「国家形成の自然状態の段階より人間が生まれながらに持つ不可譲の権利」と考えることができるでしょう。キリスト教文化の中では「天賦のもの」という考え方も付加されてきます。トマス・ホッブスは「リヴァイアサン」において、自然権が個々に行使される状態では、結果として闘争状態になるので、社会契約が必要になるという論旨を展開しました。まあ、これ以上思想史を展開するつもりはありませんが、ともかくこの自衛権は「inherent right(固有の権利)」という言葉で纏めてしまうには、歴史的に、思想的に意味合いの深い言葉が使われていることは留意する必要があるでしょう。


 もう一つ、こちらの方が実務上は意味合いが深いのですが、フランス語では「自衛」という言葉は「légitime défense」なんですね。これは「自衛」というよりも「正当防衛」と訳するのが適当な言葉です。日本では「自衛隊」という言葉は「force d'auto-défense」と訳されます。決して「force de légitime défense」とは訳しません。ちょっと「自衛」という言葉と「légitime défense」という言葉の間には差があるような気がしています。


 そもそもですが、「légitime défense」という言葉の中には、英語の「self-defence」の「self」に相当する言葉がありません。恐らくは「正当な(légitime)」という言葉の中に「self」の概念が包含される、つまりは(少なくともフランス語の中では)「自衛」は「正当防衛」の中に当然含まれるという考え方なのだろうと思います。というか、そういう仕分けすらしていないわけです。



 かたや、日本での解釈なのですが、自衛隊に関する様々な法律で「正当防衛」というと何かと言うと、武器使用の議論で刑法第36条における「正当防衛」を含意します。PKO、テロ特措法、イラク特措法等での武器使用の基準は、事実上刑法第36条等にあるような正当防衛の範囲内でというのが、今の日本の相場観です。まあ、警察官の方が警職法の範囲で武器使用する状態ということです。


 逆に、例えば部隊レベルで武力攻撃には至らない程度の武力の行使が行われてきた際、部隊レベルで自衛権の行使ができるかどうかというと、法律では「正当防衛」に準拠するようなかたちで規定されているので、事実上行使できない状況にあります。論者によってはこれを「マイナー自衛権」と呼ぶ人もいるようです。つまり、ちょっと雑な言い方をすれば、日本においては「正当防衛」と「自衛権」の間には相当程度距離があると見ることもできます。上記の国連憲章フランス語版からの私の類推とは全然違う論旨構成になるわけですね。


 この「正当防衛」と「自衛」との間をどう捉えるかが、実は日本と諸外国の間で相当に違うこともあり、日本の自衛権議論は外国の人には全く理解不能なのです。使っている用語とその言葉が意味するところが全然かみ合わないことはご理解いただけたと思います。よく使われる「自衛権」という言葉ですが、よく気を付けないと何を意味しているのかが分からなくなるのです。


 書き終わった後、少し論理が雑だな、いや考え方が間違っているかなと反省しましたが、まあ折角書いたのでそのまま載せます。正直、上記のうち、自信のないところがあります。御批判、歓迎いたします。