イランの大統領選挙に向けて盛り上がってきました。今の保守強硬派のアフマディネジャード大統領に対抗して、改革派と言われるハタミ前大統領が対抗馬として出るようです。


 私が今でも思い出すのが、ハタミ大統領(当時)が訪日した時のことです。担当課の課長補佐でした。まあ、イランの大統領が来るというのは画期的なことでして、相当にキツい思いをしました。おエラいさんに説明に行った際、「イランというのは、国家元首たる大統領の上に最高指導者(Supreme Guide)というカテゴリーがありましてですね。大統領が最高権力者というわけでもないんです・・・。」という話をしたら、「そういう国は他にあるのか?」と質問があり、「うーん、そうですね、リビアのカッザーフィーとか北朝鮮の金正日とかですかねぇ。」と話したところで、「イラン、リビア、北朝鮮・・・、同種の国だと並べてしまったのは拙かったかな」と反省したのを思い出します。


 ハタミ大統領は、イランの大統領としては初めて国会演説をしました。このハタミ師は国連の場で「文明間の対話」と言われるテーゼを打ち出した人としても有名です。最近亡くなられたサミュエル・ハンティントンが「文明間の対立」論文を打ち出し、冷戦後の世界は8つくらいの文明圏に分かれ、それがぶつかり合うのだという主張をしたことに対して、「いやいや、だからこそ文明間で対話をしなくてはならないのです」という思想を、しかもイランの大統領が提示したことについてはとても新鮮なものがありました。今では、ハタミという人物がいて、その人が文明間の対話を主唱していたことはあまり顧みられることがありませんが、ブッシュ大統領によって欧米とイスラム世界との亀裂が深まった現在から、もう一度振り返ってみるとハタミ大統領が主唱した「文明間の対話」というのが非常に現実的なものに見えてくるものです。


 そういう意味で、とても思想面で際立った大統領でした。「改革派」ということで、当初は国内でも持て囃されていました。たしかに、文化面ではかなりハタミ大統領の時代に緩くなったかなという感じがありました。女性が被るスカーフがとてもいい加減になってきたかなということがありましたし、全体的に文化面で欧米的自由を志向する方向での「改革」が進みました。ただ、経済面では大した成果がなかったですね。それは簡単に言えば、経済の根幹(利権)や暴力装置を握る保守系からの協力を取り付けられなかったからです。イラン経済は非常に硬直的なところがあり、利権を握っているのは一握りの団体です。そういうところに協力が得られないまま、理念系のところだけで進んでいこうとしてもすぐに社会の現実に突き当たってしまいます。当時、改革派の名の下にふわふわした「改革」を訴えたハタミ大統領支持派は、次第に簡単に捩じ伏せられていきましたね。


 そして、その後出てきたのが、今のアフマディネジャード大統領です。この人もある意味「思想」に生きているようなところがある人でして、イスラエルについて革命直後のホメイニ師の発言をそのまま信奉して発言し、「超保守派」のレッテルを貼られています。貧困層へのバラマキ、反米、核開発、イスラームへの回帰など、典型的なイラン保守派の代表です。ハメネイ師との関係は時に微妙で、ハメネイ師がアフマディネジャード批判をすることが最近は増えてきていますが、基本的には近いところにいるので、ハタミ時代のように、推し進めていた話が最後の最後でひっくり返されるということはありません。


 ちなみに余談ですが、アフマディネジャードの最初の大統領選のスローガンは「 می‌شود و می‌توانیم‎」ペルシャ語の読めない私ですが、「It's possible and we can do it」くらいになるそうです。最近、世界のとある国の大統領選で似たようなスローガンで勝ち上がった人がいましたね。あまりに似ていたので笑ってしまいました。世界何処でもポピュリスト的要素を帯びると、メッセージは似通ってくるのでしょうか。


 ハタミもアフマディネジャードも共通しているのは、思想面が強く出過ぎる一方で、実務的なところがとても薄いということです。「経済をどうするか」という実務が、まだまだ大統領選の争点になりにくいのかなと思ったりもします。これは二人の人間の資質が一致しただけの偶然なのか、それともイランの現状にかんがみれば必然なのか、私は少し思いを巡らせています。


 それにしても、イランという国は先進的だと思います。政治が決めたことでも、最後は最高指導者があれこれとひっくり返すことができる制度になっていますが、大統領選挙がどうなるかが事前に予想できない、それ自体民主主義が非常に推し進められていると見ることができるでしょう。今、世界で「大統領選挙をやった結果が事前に分からない」という国は少数派ですね。中東でそこまで社会が進んでいるのはイラン、イスラエル、トルコ、少し遅れてアルジェリアくらいです。


 なお、私は世界の国を見る時の基準はこの「選挙をやった結果が事前に予想可能かどうか?」というところに置いています。これが予想できなければ「まとも度」が高くて、確実に予想できる時は「ダメ」ということにしています。下手に民主主義の装いをしながらも、実は「選挙の結果なんてバリバリ予想可能」という国が一番性質が悪くて、それならば、民主主義を志向するつもりがないけど、国民を慮る気持ちはある国の方がまだマシとすら思えてしまいます。


 個人的にはハタミ大統領に期待するところが強いですが、かといって、理念系のところで綺麗なところばかりを打ち出して、結局何もできなかったということにならないように、漸進主義で良いので保守派や暴力装置(軍、警察、革命防衛隊)との関係を維持しながら物事を進めて行ってほしいと思います。逆に言えば、アフマディネジャード再選でもいいので、少しイランと外部世界の関係が前向きなものになるような方向を目指してほしいところです。考えようによっては、保守派と位置付けられるアフマディネジャードが渋い顔をしながら改革に乗り出す時は、それは確実に実現されていくでしょうから。