人事院をめぐって揉めてますね。谷人事院総裁が、麻生総理主催の会合をボイコットしたとかいうことで甘利行政改革担当大臣が怒っています。内閣人事局を作る際の人事院からの権限移管問題で、人事院が徹底的に反対していることが原因と言われています。


 報道を見て思ったのは、「人事院側は多分『ボイコット』なんて報道になるとは想定してなかっただろう。人事院自体は独立した組織ではあるが、内閣の所轄の下にある組織であり、そんな度胸のあるはずがない。恐らくは『会合の前提になる条件が整わないので、会合は延期すべき』くらいの意見を言ったら、そういうことになった。」といったところでしょう(なお、私は人事院擁護の意図はありません)。何の根拠もないのですが、郵政事務次官上がりの人物が霞が関の意図をすべて受けて、総理と戦うくらいの気概があるとはとても思えませんし。


【国家公務員法第三条】
 内閣の所轄の下に人事院を置く。人事院は、この法律に定める基準に従つて、内閣に報告しなければならない。


 ところで、昨年、渡辺行革担当相によって作られた国家公務員制度改革基本法には以下のような規定があります。


【国家公務員制度改革基本法第十一条】
 政府は、次に定めるところにより内閣官房に事務を追加するとともに、当該事務を行わせるために内閣官房に内閣人事局を置くものとし、このために必要な法制上の措置について、第四条第一項の規定にかかわらず、この法律の施行後一年以内を目途として講ずるものとする。
一 略
二 総務省、人事院その他の国の行政機関が国家公務員の人事行政に関して担っている機能について、内閣官房が新たに担う機能を実効的に発揮する観点から必要な範囲で、内閣官房に移管するものとすること。


 少なくとも、法律で機能の移管については規定されているわけです。報道を見ると、人事院総裁は機能移管そのものに反対しているようにも見えます。この場合、法律がある以上は「移管をやるかどうか」が議論の対象ではなくて、「何を移管するのか」が議論の対象になるはずです。しかも、その移管対象が「内閣官房が新たに担う機能を実効的に発揮する観点から必要な範囲」に過不足なく収まっているかどうかの挙証責任は第一義的には人事院側にあるはずです。それが法文官僚としての心得の基本だろうと思います。


 ただ、人事院というのは、他の省庁と違うのですね。人事院は独立行政委員会というカテゴリーで独立性が確保されていますが、その中でも、内閣府(公正取引委員会等)や各省庁(中央労働委員会等)にぶら下がるかたちではないため、相対的に独立性が高いです(イメージ図 )。人事院よりも独立性が高い組織と言えば、憲法上に根拠のある会計検査院だけです。


 国家公務員法を読んでみると、以下のような感じです。よくある独立行政委員会の委員選出のパターンだろうと思います。


【国家公務員法第四条】
人事院は、人事官三人をもつて、これを組織する。
○2  人事官のうち一人は、総裁として命ぜられる。
(以下略)


【同第五条】
 人事官は、人格が高潔で、民主的な統治組織と成績本位の原則による能率的な事務の処理に理解があり、且つ、人事行政に関し識見を有する年齢三十五年以上の者の中から両議院の同意を経て、内閣が、これを任命する。
○2  人事官の任免は、天皇が、これを認証する。
(略)
○4  任命の日以前五年間において、政党の役員、政治的顧問その他これらと同様な政治的影響力をもつ政党員であつた者又は任命の日以前五年間において、公選による国若しくは都道府県の公職の候補者となつた者は、人事院規則の定めるところにより、人事官となることができない。
○5  人事官の任命については、その中の二人が、同一政党に属し、又は同一の大学学部を卒業した者となることとなつてはならない。


【同第七条】
 人事官の任期は、四年とする。但し、補欠の人事官は、前任者の残任期間在任する。
(略)


【同第十一条】
人事院総裁は、人事官の中から、内閣が、これを命ずる。
(略)


 ということなのですが、この人事官は非常に守られています。以下の法令をご覧ください。まあ、普通に生活している限りは罷免されることなんてのは到底考えられません。


【同第八条】
 人事官は、左の各号の一に該当する場合を除く外、その意に反して罷免されることがない。
一  第五条第三項各号の一に該当するに至つた場合
二  国会の訴追に基き、公開の弾劾手続により罷免を可とすると決定された場合
三  任期が満了して、再任されず又は人事官として引き続き十二年在任するに至つた場合
○2  前項第二号の規定による弾劾の事由は、左に掲げるものとする。
一  心身の故障のため、職務の遂行に堪えないこと
二  職務上の義務に違反し、その他人事官たるに適しない非行があること
(略)


【同第九条】
 人事官の弾劾の裁判は、最高裁判所においてこれを行う。
○2  国会は、人事官の弾劾の訴追をしようとするときは、訴追の事由を記載した書面を最高裁判所に提出しなければならない。

 しかも、内閣総理大臣の人事院に対する権限は非常に限定的なのです。ここも重要なポイントです。


【同第十八条の二】
 内閣総理大臣は、法律の定めるところに従い、職員の能率、厚生、服務、退職管理等に関する事務(第三条第二項の規定により人事院の所掌に属するものを除く。)をつかさどる。
○2  内閣総理大臣は、前項に規定するもののほか、各行政機関がその職員について行なう人事管理に関する方針、計画等に関し、その統一保持上必要な総合調整に関する事務をつかさどる。

 ここで注目しなくてはならないのは、第一項の「(第三条第二項の規定により人事院の所掌に属するものを除く。)」です。この部分を読んでみましょう。


【同第三条第二項】
 人事院は、法律の定めるところに従い、給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告、職階制、試験及び任免、給与、研修、分限、懲戒、苦情の処理、職務に係る倫理の保持その他職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどる。


 つまりは、殆ど内閣総理大臣には権限が残らないんですね。上記に列挙した法令を総合すれば「人事院は内閣の所轄下にある。人事官の推薦や総裁の任命に関する権限はある。あとは掴みどころのない『総合調整』みたいな権限しか残らない。しかも人事官は一旦任命したら任期中は辞めさせるのはほぼ無理。」という理解でいいのではないかと思います。


 なので、私は与党から上がっている「人事院総裁は辞任すべき」という議論は変だと思います。「そもそも、そういう人物をそういう条件で任命したのは内閣であり、そこには国会の同意もあった。」と言われては元も子もありません。谷氏を人事院総裁に任命した以上は、こういう結末もあり得ることまでをも受け入れた、ということなんですね。しかも、この人事については恐らくは共産党を除くすべての政党が同意しています。したがって、与党も民主党もこの展開には一定の責任を有していると言えるでしょう。


【平成20年3月28日参議院本会議】
○議長(江田五月君) これより会議を開きます。
この際、国家公務員等の任命に関する件についてお諮りいたします。
内閣から、人事官に谷公士君を(中略)任命することについて、本院の同意を求めてまいりました。これより採決をいたします。まず、人事官の任命について採決をいたします。内閣申出のとおり同意することの賛否について、投票ボタンをお押し願います。
○議長(江田五月君) 間もなく投票を終了いたします。──これにて投票を終了いたします。
○議長(江田五月君) 投票の結果を報告いたします。投票総数二百三十八、賛成二百二十四、反対十四。よって、同意することに決しました。


 私はそもそも、役人OBが人事院総裁(や会計検査院長)をやることに非常に否定的です。ここ数代の人事院総裁を見てみると役所OBのオンパレードです。


・ 自治省行政局長、消防庁長官
・ 警察庁刑事局長、防衛事務次官
・ 衆議院事務総長
・ 自治省行政局公務員部長
・ 工業技術院長
・ 郵政事務次官


 私は制度の本義とは逆向きですが、人事院総裁は政治家にやらせる方がいいのではないかと思っています。役人OBに役人の人事に強烈な権限を持つ人事院総裁はやらせることは適当ではないと思うのです(同様に役人の無駄遣いチェック係である会計検査院長に役人OBを充てるのも適当ではないで用)。上記にもある国家公務員法第五条第四項では「任命の日以前五年間において、政党の役員、政治的顧問その他これらと同様な政治的影響力をもつ政党員であつた者又は任命の日以前五年間において、公選による国若しくは都道府県の公職の候補者となつた者は、人事院規則の定めるところにより、人事官となることができない。」となっているのですが、私は例えば総理経験者で、もう党派争いにはあまり関わり合いにならないような高潔さを兼ね備えている人物であれば、今のような役人OBよりは遙かに良いパフォーマンスを出せるでしょう。普段は何の役にも立たないけど、権限争いの時だけ情熱を燃やすような人物を排除したければそうするしかないでしょう。


 法令の引用で分かりにくくなりました。結論は簡単なことなんですが、簡潔に書けない自分の筆力に反省しています。