オバマ大統領の就任演説を聞きながら、良い演説だったけど、歴史的な名文句はなかったですね。ケネディ大統領の「And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you - ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.」に相当するような名文句はなかったですね。ただ、声の抑揚や盛り上げ振りはさすがだなと思いました。
オバマ演説を聞きながら思ったのは、「なんでこれが日本の首相にできないか」ということです。国会の所信表明演説は本当に冴えないですね。何故、日本の首相の演説が心を打たないのかということについては理由は明白です。これはかんべえさん が1月20日のエントリーで書いているとおりなのです。
日本の首相が国会で行う所信表明演説ですが、色々とお手続きは大変なのですが、とどのところ各省庁が「総理にこれを言ってほしい」ということのリストを繋ぎ合わせただけなのです。一応、総理のブレーンであるはずの内閣官房が主導権はとっているのですが、内閣官房自体が各省庁からの出向によって成り立っているために、結局は各省庁の希望リストを繋ぎ合わせたものになるわけです。
まあ、そういう中でも2000年1月の衆参本会議での所信表明演説で小渕総理に「我が国経済を支えてきた物づくりの大切さを深く認識し、ものつくり大学の設立を初め、その基盤強化を進めてまいります。」という一言を言わせるために、巨額の献金が行われたというKSD疑惑なんて話がありました。そんなくだらないことに使われる所信表明演説というのはとても残念です。
そもそも、オバマを始めとする世界の指導者は有能なスピーチライターがいるのですね。逆に日本では、どんなに内閣官房が主導権を取ったとしても、最後は各省庁の省益に還元されてしまうので内容がつまらなくなります。私は、日本の総理にもスピーチライターが必要だと思いますね。各省庁に「どういうことを言ってほしいか資料を出せ」と指示をして、それを一人の人間が通読し、かつ総理と「どういうトーンで演説したいか」をきちんと聴取し、そして一人の人間がスパっと書き下ろす。こういうふうにしないと、いつまで経っても、日本の総理の演説は「各省庁の言ってほしいことの繋ぎ合わせ」で終わってしまいます。
本来であれば、内閣官房がそういう役割を果たすべきなのでしょうが、実際はそうなっていません。総理のブレーン組織であるはずですが、実際は内閣官房副長官補3名、内閣広報官、内閣情報官というかたちで5つに分かれていて(それに加えて内閣危機管理監がある)、各省庁の出先っぽくなっています。かつては官房副長官補というのは、内閣内政審議室長、内閣外政審議室長、内閣安全保障・危機管理室長という名前でして、それがあまりに各省庁の出先になっていたので、副長官補というかたちで統一したのですが、組織文化はあまり変わっておらず、やっぱり各省庁の縄張り争いはあります。しかも、副長官補は財務、外務、防衛と割り当てがあって、広報官は経済産業、危機管理監、情報官は警察とほぼ固定されています。あらまほしき姿として、広報官がスピーチライターになってもいいのでしょうが、各省庁からすると「経済産業省出身に好き勝手書かれてたまるか」という思いがあるのですね(経済産業省はそういう時にすぐにスケベった根性を出して、自分の利益を押し込むことで有名です)。
私が理想的だと思うのは、上記の副長官補や情報官、広報官を束ねる立場にある副長官が3日くらい掛かりっきりでバシッと書き下ろすくらいでいいんじゃないかな、そうでなければ独立のスピーチライターを設けるべきだということです。そのスピーチライターには次官級の肩書を与えて、各省庁からのごり押しを押し返させるくらいの権限を与えるべきでしょうね。時によっては、特定の省庁の所掌に一切触れない演説があってもいいと思います(今は総花なのでそういうことはまずあり得ない)。時の内閣の優先事項に非常に焦点を当てた演説があってもいいと思うんです。
ともかく、今の各省庁の希望リストのホッチキス止めで総理の所信表明演説を作るのは止めさせるべきでしょう。ただ、これは大変です。資料を読み込み、総理の意向をくみ、そしてきちんと首尾一貫した演説を書かなくてはならないわけですから。今の政務の官房副長官に出来るかな?、きっと無理だろうなと思います。そういう意味で、スピーチライターに頼らないのであれば、政治家の資質向上も求められているわけです。
感動できる演説を日本の総理にもしてほしいと思います。そのためには今の内閣官房の組織を前提にしている限りは無理でしょう。「総理の演説なんて所詮そんなもの」と割り切るのは簡単ですが、ちょっと組織をいじるだけで何とか出来るんじゃないかと私は信じています。