【今年は・・・(その2):ソマリア情勢】を書こうと思ったのですが、ちょっとその前に海上自衛隊のソマリア沖派遣について記事が出ていたので、それについて書いておきたいと思います。今日は(見た目が)相当に長いですが、中味はそんなに大したことはありません。法律に関心のない方は、長い法律の引用をドンドン飛ばしていってください。


 昨年末から新年にかけて、ソマリア沖の日本籍船を守るために海上警備行動を発令して、海上自衛隊の艦船を派遣するような話が報道に出ていました。また、日本籍船を護送する海上自衛隊艦船に同乗する海上保安官の権限を活用して、日本籍船の乗船者に対する殺人や逮捕監禁など重要犯罪を行った海賊の身柄を拘束し、刑法の国外犯規定を適用して逮捕・起訴する方針を固めたそうです。自衛官は犯人の逮捕・送検などにあたる「司法警察権」を持たないので、司法警察員の資格を持つ1等海上保安士以上の海上保安官を護衛艦に乗せ、殺人や傷害、逮捕監禁など日本人の生命・身体に直接危害を及ぼした犯罪に限定して逮捕・送検するそうです(以上、産経新聞からの転載に加筆・修正)。


 これについて思ったことがあります。まず、海上警備行動で何処までのことができるのかということです。以前、J課長さんがコメント していたとおりなのですが、最近海賊に拉致された原油タンカーはかなり大きなもので(全長330M以上、原油を満載していても海面から甲板までは10メートル)あって、外洋では16ノットを超えるスピードが出せ、大きな波を立てるので、航走してさえいれば実はどんな快速船でも接舷はおろか、接近することすら不可能なのです。それが拉致されたというのは、相当に強力な重火器で警告射撃されたはずです。


 これに対して、海上警備行動で何処までのことができるのかを見てみましょう。準用規定が多いので少し多めに引用しています。


【自衛隊法第八十二条(海上警備行動)】
第八十二条  防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。


【自衛隊法第九十三条(海上における警備行動時の権限)】
第九十三条  警察官職務執行法第七条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。
2  海上保安庁法第十六条 、第十七条第一項及び第十八条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。
3  海上保安庁法第二十条第二項 の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第二十条第二項 中「前項」とあるのは「第一項」と、「第十七条第一項」とあるのは「前項において準用する海上保安庁法第十七条第一項 」と、「海上保安官又は海上保安官補の職務」とあるのは「第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務」と、「海上保安庁長官」とあるのは「防衛大臣」と読み替えるものとする。
4  第八十九条第二項の規定は、第一項において準用する警察官職務執行法第七条 の規定により自衛官が武器を使用する場合及び前項において準用する海上保安庁法第二十条第二項 の規定により海上自衛隊の自衛官が武器を使用する場合について準用する。


【警職法第七条(武器の使用)】
第七条  警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。
一  死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
二  逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。


 まあ、何が言いたいかというと「警察官に適用されるルールがそのまま適用される」ということです。法律解釈上何処までが可能なのかということになります。10年前くらいに能登半島での不審船の際、海上警備行動発令によって海上自衛隊は相当に強力な武器使用を行っているので、武器の種類としてはそんなに心配ないだろうと思います(そもそも、海上警備行動について法律上は使用武器の制限はない。)。その一方で、ちょっと気になるのが、「とりあえず何の違法行為もやってないけど、どう見ても海賊行為を働きそうな装備の船」が近づいてきた時に追い払うために武器使用を行うことができるのかな、ということです。日本を遠く離れて、海上警備行動で出動するのですから、そういうところの法的な整備、そして装備品については遺漏なきを期してほしいと思います。


 ただ、自衛官には逮捕・拘留する権限が与えられていないそうです。たしかに法令上、海上警備行動で誰かを拘束した際の取り扱いが明確になっていません。報道の通り、司法警察権を持っているのは海上保安庁ということなので、海上保安庁の方を乗せていかなくてはならないようです。これは海上自衛隊と海上保安庁との装備、制度の陥牢なんじゃないかと思います。海上保安庁が出ていくには距離も遠いし、装備も不十分、しかし海上自衛隊だけで処理をしようとすると権限が十分に与えられていない、そういうことですね。海上警備行動まで発令しておきながら、最終的には海上保安庁による普通の警察権の範疇での処理というのも尻すぼみっぽいですが、今の法令の仕組み上は仕方ないのでしょうね。


 結局、通常の警察権による処理になるわけです。勿論、刑法の規定が適用されます。関連規定は以下の通りです。


【刑法】

(国内犯)
第一条  この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。
2  日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項と同様とする。


(国民以外の者の国外犯)
第三条の二  この法律は、日本国外において日本国民に対して次に掲げる罪を犯した日本国民以外の者に適用する。
一  第百七十六条から第百七十九条まで(強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ及び準強姦、集団強姦等、未遂罪)及び第百八十一条(強制わいせつ等致死傷)の罪
二  第百九十九条(殺人)の罪及びその未遂罪
三  第二百四条(傷害)及び第二百五条(傷害致死)の罪
四  第二百二十条(逮捕及び監禁)及び第二百二十一条(逮捕等致死傷)の罪
五  第二百二十四条から第二百二十八条まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等、未遂罪)の罪
六  第二百三十六条(強盗)及び第二百三十八条から第二百四十一条まで(事後強盗、昏酔強盗、強盗致死傷、強盗強姦及び同致死)の罪並びにこれらの罪の未遂罪


 まず、思ったことは「便宜置籍船」には完全に対象外だなということです。便宜置籍船というのは、リベリア、ホンジュラスみたいな国は船の登録に関する税金を安くしており、非常に多くの船を登録していることを指します。全然リベリアとは全く関係ない船でも、リベリア船籍になっているものも多く、国際的な船舶の登録制度にとって問題になっています。ここでもそれが問題になります。日本の商社が持っている船であってもリベリア船籍だったりすると、それが海賊に襲われても海上自衛隊は海上保安庁は全く手が出せませんね。日本国民に対する傷害は、第三条の二が適用可能で刑法上の犯罪になりますが、それとてリベリア船籍の船に乗り込んで逮捕・拘禁できるような権限までが国際法上認められるわけではありません。結局、日本商社の船であっても、便宜置籍船である場合は海賊に襲われても恐らくは全く対応できないでしょう。 それとも、国連海洋法条約には、海賊については普遍的管轄権が認められており、どの国でも海賊船を拿捕することができるとなっているので、それを直接適用しながら、便宜置籍船が海賊に襲われている際に拿捕、逮捕を目的とする海上警備行動が発動できるようにするのでしょうか。ちょっと無理だと思いますね。


【国連海洋法条約第百五条(海賊船舶又は海賊航空機の拿捕)】

いずれの国も、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において、海賊船舶、海賊航空機又は海賊行為によって奪取され、かつ、海賊の支配下にある船舶又は航空機を拿捕し及び当該船舶又は航空機内の人を逮捕し又は財産を押収することができる。拿捕を行った国の裁判所は、科すべき刑罰を決定することができるものとし、また、善意の第三者の権利を尊重することを条件として、当該船舶、航空機又は財産についてとるべき措置を決定することができる。


 あと、ちょっとした盲点ですが、今回の海自・海保の派遣は、海賊行為が公海で行われる場合ととソマリア領内で行われる場合では全然対応が異なるということにも留意しなければなりません(そもそも領海内で行われる場合は「海賊」とは呼べない。)。公海で日本籍船に対して海賊行為が行われる場合ですが、この場合は刑法のすべての規定をフル活用して、並走する海自の艦船が海上警備行動に出て、更には海保の司法警察員が出動し、当該襲撃された船に乗り込んで警察権を行使することが可能です。


 これがソマリア領海内の場合はどうなるでしょうか。そもそも、海上自衛隊の船が並走することが可能なのでしょうか。領海内を通行する軍艦にも、国連海洋法条約の(領海内の)無害通航権が保障されるべきかどうかということなのかなと思います。スタンダードな国際法ではたしか、軍艦である事実をもって無害通航権が否定されるべきではないけども、軍事的活動に繋がるような兆候を外に向かって出しながらの通航はダメだろう、という感じだったと記憶しています。この場合、日本籍船を守るために、それこそ武器を構えた海自の軍艦(国際法上は軍艦扱い)が並走するわけですから、そもそも存在自体が「無害」でないと認定されるおそれもあります(中央政府が事実上崩壊しているソマリアがそういう認定をする能力を有するかどうかはともかくとして)。何となく、そういう軍艦が領海内を通航することはそもそも論としてダメなんじゃないかなと思います。日本の領海内で北朝鮮船が北朝鮮の軍艦にエスコートされながら「無害通航」と言われてもピンと来ないのと同じです。


 ただし、仮に百歩譲って海自の艦船によるエスコートが可能だとしても、日本籍船がソマリア領海内で海賊(しつこいですが、国際法上は領海内では「海賊」とは呼びません)に襲撃された場合、エスコートしている海自艦船から海自・海保の方が出動して行って、当該日本籍船内に侵入してきた賊を逮捕することは、国際法上の観点からは難しいように思います。他国の主権の及ぶ範囲で日本の行政権行使になるわけですから。勿論、それは上記の刑法第三条の二でいう国外犯に当たりますが、警察権を執行することが領海内では無理だと思うのです。公海に出るまで攻撃を受け続けながら逃げて、公海に出たら海上警備行動でボコスカやり、日本法で逮捕するのか、あるいは将来その賊が日本の主権の及ぶ場所に入ってきたら逮捕する、という非常に残念なことにもなりかねません。日本籍船一隻毎に武装した海上自衛官や海上保安官が乗り込み、賊が襲ってきたらそれに対応するということなら法的には上記の問題点をクリアーできそうな気もしますが、今、想定しているるのはそういうことではないでしょう。結局、ソマリア領海内で襲われた時に何処までのことができるかというと、法律や国際法を見てみると甚だ心許無いように見えます。


 長々と書きました。もしかしたら、法律の読み方が間違っているかもしれません(最近、間違いが多いので反省しています。)。異論、反論、大歓迎です。