私は基本的に貴金属とは全く縁のない身でして、ダイアモンドなんてのはそもそも見たことすら殆どありません。人生の中でダイアモンドを所有することは恐らくまずないでしょう。昨日、デパートをそぞろ歩きした際、ダイアモンドを見ながら、そんなことを思いました。


 ただ、別の視点からの関心だけはあります。実は「紛争ダイアモンド」というものです。これは何かと言うと、紛争地域で採取され、武器購入等に使われるダイアモンドのことです。世の中の不幸なのか、ダイアモンドの生産地というのは紛争地と重なることが多いのです。そして、紛争を続けていくための資金としてダイアモンドが使われていたのです。


 南部アフリカのアンゴラなんてのは良い例でして、かつて内戦中は現政府側(ドス・サントス現大統領)が海側の国土の1/3程度を支配し、反乱軍のUNITA(ジョナス・サヴィンビ)が内陸側の2/3程度を支配してドンパチやっていました。冷戦中は親共のドス・サントスに対抗するため、アメリカはかなり長い期間UNITAを支援していました。冷戦の代理戦争だったわけですが、冷戦終了後はドス・サントスが共産主義路線を放棄し、UNITAに対する国際的な非難もあり、アメリカから支援が来なくなっていました。アンゴラという国は、海沿いでは石油が出、内陸ではダイアモンドが出ます。結局、ドス・サントス側が石油で、UNITA側がダイアモンドで戦費を賄っていたというのが非常に雑な構図です。


 西部アフリカのシエラレオネという国もダイアモンドが戦費に使われた良い例です。1990年代、ずっと紛争をやっていました。シエラレオネ反乱軍RUFのフォデ・サンコーが、隣国リベリアの反政府組織の長(その後、大統領→亡命→現在裁判中)チャールズ・テイラーと組んで、政府軍と内戦を繰り広げられていました。その際の軍資金となったのがシエラレオネ産のダイアモンドでした。リベリア経由でダイアモンドを輸出していました(特にチャールズ・テイラーが大統領時はかなり大っぴらに)。その話はディカプリオ主演の映画「ブラッド・ダイアモンド」でも余すところなく繰り広げられています。ダイアモンドを採取地から盗み出そうとする人に対しては厳しい刑罰が待っていたようで、フランス語で「courte manche(英:short sleeve)」と形容される刑罰がありました。これは「半袖」という意味です。これが何を指すかは想像してみてください。私はこのcourte mancheの罰を受けた人を、何度か勤務地セネガルの首都ダカールで見たことがあります。


 更に21世紀になってからは、政情不安のコートジボアールが紛争ダイアモンドの経由地になっていました。かつて、西アフリカで最も発展していた国のコートジボアールですが、1999年のクーデター以来、ずっと没落していっています。あの国が紛争ダイアモンドの経由地として、国際社会から目を付けられるというのはとても残念であります。


 まあ、アンゴラ、シエラレオネ、コートジボアールといった国は国連安保理の制裁を受け、紛争ダイアモンドの輸出を禁じられました。ただ、具体的にはそういう国連安保理の制裁というのは、オペレーションとしては穴が多くなります(実施は各国に任されているし、そもそも特定のダイアモンドが紛争ダイアモンドかどうかなんてのは見ても分からない。)。そういうことで、自分達が取り扱っているダイアモンドが紛争の軍資金に使われていることを懸念するダイアモンド業界が主導するかたちで、今は「キンバリー認証制度」というのができています。これは色々と複雑なのですが、簡単に言うと、紛争ダイアモンドでないことを証明する「キンバリープロセス証明書」というものが添付されていないダイアモンド原石を輸入しない、メンバーでない国からのダイアモンド原石を輸入しないといったことを、制度のメンバー間で約束するということです。このキンバリー認証制度は、参加していないとメンバーからのダイアモンド輸出が途絶えてしまうことになることもあり(勿論人道的な観点からも)、日本も制度に参加しています。


 ただ、キンバリー認証制度があるからと言って、すべてが上手くいくわけではありません。まず、インチキをしようとすればできなくはない制度ですね。実際、コートジボアールが紛争ダイアモンド汚染地だと認定されてからは、更に隣国のガーナから「きれいな」ダイアモンドとして紛争ダイアモンドが輸出されているという噂があります。不心得な人が暗躍する国があれば、このプロセスはすぐに穴が空いてしまいます。また、認証制度に参加しているのは、まだ70カ国程度でして、中東、アフリカ、南米あたりは漏れが多いですね。どんどんプロセスを拡大していく努力はしていかなくてはならないでしょう。表の統計では、現在紛争ダイアモンドの取引はもう全体の1%以下まで下がっているということのようですが、実際のところがどうなのかはブラックボックスの部分があります。


 綺麗で硬度の高いダイアモンドですが、実はこういう裏があるのですね。なお、麻生総理はかつてダイアモンド採掘のためにシエラレオネで2年暮らしたことがあるそうです。当時はまだ同国は紛争ダイアモンドとは無縁の世界だったでしょうが、本件にはそれなりに麻生総理は関心が(潜在的に)あるんじゃないかなと思います。今はこの紛争ダイアモンドの件は少し下火になっていますが、「ブラッド・ダイアモンド」の記憶はまだ新しいですし、事務方から上手く振りつけて国際的に名声を高めるという方法はあるのかもしれません。