政教分離に関して、ちょっと「?」ということがありました。報道でも結構大きく報じられたのでご存知の方も多いでしょう。なお、私は以下においていかなる意味においても、公党たる公明党の批判をする意図はありません。それは読んでもらえると分かると思います。


 24日の閣議で、国会審議における内閣法制局長官の答弁について「誤解を与え、従来の政府の見解を変更したとも受け止められかねない」として撤回する答弁書を決定したそうです。内容はオウム真理教の真理党が政権を握って、オウム真理教の教義を流布したらどうなるかと聞かれたことに対して、法制局長官が「違憲である」と答弁したことに公明党の山口政調会長が質問主意書で撤回を求めたということなんですね。


 まず、一番最初に思い出したのが、私が1991年に大学に入学した時のことです。渋谷あたりで、この音楽 が流れている中、象の被り物をしている人が踊っていて、「東京ってのは怖いとこだ」と思ったものです。オウム真理教が真理党を結成して選挙に出たのは、私が大学に入る前の1990年総選挙だったので、私が見たのは真理党としての活動ではなかったのでしょうが、何となくあれを思い出しました。


 そんな話はともかく、内閣法制局長官の国会答弁撤回ってのは珍しいですね。法律解釈の権化のようなおじさんですから。役所が法律を作るときはすべからく法制局に出向く必要があり、そこのゴーサインがでないと絶対に閣議決定されないことになっています。中央官庁にいる人間なら誰もが畏怖する存在でしょう(というか、行くのが嫌な組織なだけなんですが。)。そんな組織の長が答弁撤回ですから、多分過去の例はないか希少でしょう。


 ということで、私はこのやり取りを一度ビデオで見たことがあるのですが、もう一度議事録で確認してみました。ちょっと長いですが、正確さを期すために該当部分を全引用します。宮崎政府特別補佐人というのが法制局長官です。


【平成20年10月7日予算委員会】
○菅(直)委員 我が党の輿石参議院会長が先日の参議院の本会議の質疑で総理に質問をいたしましたことに対して、総理は、政治権力が宗教に介入することは政教分離に反すると答えられました。私は、それはそのとおりだと思います。
 同時に、憲法二十条には、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」とありますね。宗教が政治権力を握って特定の宗教団体のために政治権力を使うことも、この二十条、政教の分離に反すると考えますが、きょうは法制局長官、来ていますか。まず法制局長官に見解を聞きます。
○宮崎政府特別補佐人 お答えいたします。
 ただいまの御質問は、政権に参加することについての御質問だったと思いますので、それについて御答弁を申し上げます。
 憲法は、第二十条の第一項後段におきまして、宗教団体が特権を受け、または政治上の権力を行使することを禁止するとともに、同条第三項で、国及びその機関が宗教的活動を行うことを禁止しております。
 これらの政教分離の規定は、憲法第二十条第一項前段に規定します信教の自由、この冒頭に書いてございます、その保障を実質的なものとするために、国及びその機関が国権行使の場面において宗教に介入しまたは関与することを排除する趣旨であるというふうに、これは戦後初期の制憲議会における金森担当大臣の御発言以来、政府が一貫して見解としてとっている趣旨でありまして、それを超えまして、宗教団体が政治活動をすることをも排除する趣旨のものではないと考えております。
 続きまして、憲法二十条第一項後段が、いかなる宗教団体も政治上の権力を行使してはならないと定めておりますが、ここに言う政治上の権力とは何かという問題でありまして、これも従来一貫いたしまして、この政治上の権力というのは、国または地方公共団体に独占されている統治的権力をいうんだというふうに考えられております。
 したがいまして、例えば、宗教団体が国や地方公共団体から統治的権力の一部を授けられてこれを行使するようなこと、これを禁止している趣旨というふうに今まで考えてきており、また表明をしております。
 ところで、宗教団体が支援している政党が政権に参加するというのは、宗教団体が推薦しまたは支持している公職の候補者が、公職に就任して国政を担当するに至ることを指すものと考えられますが、そのような状態が生じたとしても、当該宗教団体と国政を担当することとなった者とは法律的に別個の存在でありますし、宗教団体が政治上の権力を行使しているということにはならないというふうに考えられますので、憲法第二十条第一項後段違反の問題を生ずることはないと考えられてきております。
 なお、当該国政を担当することとなった者は憲法尊重擁護の義務を当然負っておりますので、その者が、国権行使の面におきまして、当該宗教団体の教義に基づく宗教的活動を行う等宗教に介入しまたは関与するようなことは憲法が厳に禁止しているところでありますので、前述のような状態が生じたといいましても、そのことによって直ちに憲法が定める政教分離の原則にもとる事態が生ずるものではない、このような面からもそういうふうに言えると考えております。
○菅(直)委員 私が問わない部分まで大変詳しく答えていただいてありがとうございます。
 でも、統治的な権力を使うことはだめだということは、今の見解からも明らかになりました。
 実は、覚えておられる方もあるかもしれませんが、一九九〇年に、オウム真理教の麻原彰晃氏を党首とする真理党が結成されまして、東京を中心に二十五名の衆議院候補が立候補いたしました。幸いにして、有権者、国民は一人も当選者を出さなかった、全員を落選させました。
 もし、こういった真理党が大きな多数を占めて権力を握って、政治権力を使ってオウムの教えを広めようとしたような場合、これは当然、憲法二十条の政教分離の原則に反すると考えますが、総理、いかがですか。
○宮崎政府特別補佐人 簡潔にお答えいたします。
 先ほど答弁申し上げましたように、今お尋ねのようなことは、まさに宗教団体が統治的権力を行使するということに当たるだろうと思いますので、それは違憲になるだろうと思います。
○麻生内閣総理大臣 仮定の質問というのはなかなかお答えできないんですが、今の場合はちょっとあり得そうもないような感じがしますが、いずれにしても、今法制局長官が答弁をされたのが基本的な考え方だと私も思います。


 まず、一番最初に思ったことは「おいおい、長官、答弁しすぎ」ということです。そんなに長く答弁することを全く求めてないにもかかわらず、ひたすら答弁しています。ビデオを見ると、よく分かるのですが(このビデオ の菅委員の質疑の47分50秒くらいからです)、法制局長官は事務方が用意したクソ長い答弁をひたすら読んだだけですね。見ていると「あまり国会答弁に慣れてないのかな」という気もします。内閣法制局というのは、お堅い組織なので国会の空気を読むことなく、超長い答弁資料を長官に渡したのだと思います。そういうセンスのなさは一級品です。


 ただ、法制局長官の言っていることは至極尤もなことだと思うのですよね。別におかしなことを言っているわけではありません。何度読んでも「何が悪いのだろう」という気になります。


 山口政調会長の質問趣意書では「このような事実関係を仮定しての質問に対して、内閣法制局長官が法令を当てはめて答弁したことは不適当であり、また、答弁内容も、特定の宗教団体が支援する政党に所属する者が国政を担当するに至った場合に憲法二十条第一項後段に違反することになるというような誤解を与え、従来の政府見解を変更したかとも受け取られかねない誤ったものである。」と指摘しています。


 まあ、たしかに「仮定の質問にホイホイ答えた」ということは不注意の部類に入るかもしれないなという気はします。とは言っても、「そこまで問題にする程かな?これくらいのやり取りであれば、結構あると思うけどな。」というのが正直なところです。


 そして、中身で問題になりうるところとすれば「特定の宗教団体が支援する政党が国政担当する場合が違憲であるような誤解」ですが、これとて、前段で法制局長官が長々と答えている中で「それ自体は問題ない」という答弁をしているので、文脈からいってもそういう誤解はないと思うわけです。


 これについては、論点は「宗教団体と政党が一体のものとみなせるかどうか?」ということに帰結すると思います。上記の議論でもその辺りが非常に曖昧模糊としたまま、議論が推移しています。見た目の上では分けられていても、実態上一体であればやはり違憲の疑義が生じるだろうし、政治団体と宗教団体が実態上明別されていればそういう疑義は生じ得ないということじゃないかと思うんですね。では、「その一体化の基準は?」ということですが、それは(お役所が好きな表現の)「個別具体的に判断する」ことになるわけです。ただ、オウム真理教の真理党というのは、宗教団体とほぼ一体化した政党であるということは、個別具体的に判断しても疑いのないところでしょう。


 しかも、菅委員の質問は「政治権力を使ってオウムの教えを広めようとしたような場合」とまで限定しています。正にこれこそが違憲なわけでして、そこにも疑いはないように思います。


 だから、よく分からないのです。山口政調会長は何を問題にしたかったのか。この程度のやり取りならば放っておけばよかったのに、と思うこと頻りです。