最近、とある行政文書を見ていて気になったことがありました。それは「公用文の表記になっていない」ということでした。これだけだと何のことか分からないでしょうから、ちょっと解説します。くれぐれも以下は役所の文章についてのみ言えることでして、一般の文章とは切り離された世界です。


 公用文というのは、漢字の使い方、お作法というのがかなり細かく決まっています。例を挙げると、「接続詞としての『したがって』は必ずひらがな」、「補助動詞としての『いただく』も必ずひらがな」とかいうのがありますね。誰も気にしないと思うのですが、私はお役所の文書の中で接続詞の「したがって」が「従って」と書いてあると、ちょっとだけ「あっ、それって違うんだよな」と心の何処かに引っ掛かります。同様に役所の文書で「・・・・して居るところです」とか書いてあると、「その『して居る』の『居』は違うんじゃないか。そもそも『居』の意味合いは文脈の中に必要ないだろう。」と心の中でブツブツ言ったりします。


 こういうお役所の漢字の使い方の論理を上手く使った小説が10年前くらいにベストセラーになりました。財務官僚(だと思われる)の榊東行氏による「三本の矢」という本です。これは色々な意味で非常に興味深いというか、親近感を覚える内容の本なのですが、上記のような公用文の漢字の使い方がカギとなってストーリーが大転回していくのです。当時官僚文書に慣れきっていた私はかなり早い段階でピンと来ましたが、普通の人では無理でしょう。今読んでも面白い本です。お勧めです。


 あと、非常に引っかかるのが「及び」「並びに」の使い方です。「A及びB」というのはOKなのですが、「A並びにB」という使い方はないのです。あり得るのは「A及びB並びにC」という用法です。この場合、AとBがひと固まりで、A+BとCが更に新たな固まりを構成しているということなのです。したがって、「黒崎駅及び折尾駅並びに小倉駅」というふうに書くと、「黒崎駅+折尾駅」で一つの固まりで、そこに小倉駅が加わって新たな固まりを構成しているわけです。要するに「『及び』のないところに『並びに』は出てこない」ということです。こういうのに慣れてくると、文章で「及び」が出てこないのに「並びに」が出てくると、心の何処かで引っかかりを覚えます。特にそれが行政文書だったりすると、添削したくなったりします。


 実はこれは官僚としては基本中の基本でして、中央官庁ですと財務省、法務省なんてのはこのあたりは堅実です。内閣法制局なんてのは、こういうお作法の権化の世界です。逆に、私のいた外務省なんてのは全然ダメでして、こっそりと他省庁から「基本的な文章のお作法も知らない、役人として手堅くないヤツ達」とバカにされています。


 ということで、何が言いたかったかというと「世の中、普通の人が全然気にならない用語法が気になる人間がいる」というだけのことです。そういう世界に足を踏み入れてみたい方はいないと思いますけど、関心のある方は「ぎょうせい」という出版社の各種解説書をお勧めします。私は一時期愛読書にしていました。