ちょっと前の話ですが、欧州委員会のマンデルソン貿易担当委員が、イギリスのブラウン内閣の雇用・規制改革相として戻るため辞任したというニュースがありました。


 私が思ったのは、「ああ、EUも暫くはWTO交渉を諦めたな」ということです。マンデルソンはEUの貿易担当委員としてWTOドーハラウンド交渉を切り盛りしていました。非常に優秀な人間でして、ブレア政権の立役者と言われています。世論誘導が得意で、いわゆる「スピン・ドクター」と言われる役回りを果たしてきました。ダイアナ妃の死去に伴う王室批判を上手くマネージして、貴族制度改革につなげたとも言われています。


 ただ、汚職の噂も絶えない人間でして、怪しげな金銭に手を出すなどして、ブレア内閣の閣僚を2度も辞任しています。その後、欧州委員会の貿易担当委員として辣腕を発揮していました。なお、マンデルソンは同性愛であることを既にカミング・アウトしていますね。


 今回、ブラウン内閣の改造で本国に呼び戻されたのを見て、幾つかのことを思いました。


(1) EUは暫くはWTO交渉は動かないと判断した。

 マンデルソンの後に来たアシュトン新委員は貿易問題の素人です。すぐにWTO交渉で前面に立てる力はないでしょう。多分、アメリカ大統領選があり、その後も暫くは動きがないと判断したのだろうと思います。ドーハラウンド交渉も既に7年弱になりつつあります。ウルグアイラウンドが7年半くらいでしたから、やっぱりその程度はかかるのかなと思いつつ、今時そんなに交渉に時間かけてたら世の流れに取り残されるよ、と心配してしまいます。


(2) やっぱり、イギリスはEUよりも内政を優先する。

 内閣改造で欧州担当委員を辞任させ、本国に呼び戻したわけですが、あまり通常の慣行ではありません(他国でも例がないわけではありませんが)。普通は嫌がられます。当たり前と言えば当たり前のことなのですが、やっぱりイギリスはEUよりも内政の方が優先順位として遙かに高いんだなと改めて思いました。


(3) ブラウン内閣は相当に危機的状況である。

 ブラウン首相とマンデルソンはあまり仲が良くありません。かつて、たしかマンデルソンは「ブラウンは有能だけど、あの顔がよくない。顔を覆わないと強面に見える」みたいなことを言って物議を醸していました。そんな関係の良くない二人ですが、ブラウン内閣が全然上手く行ってない中、スピン・ドクター的な役割を果たせるマンデルソンを抱えないとやっていけないくらい、イギリス労働党は危機的な状況にあるということなんでしょう。マンデルソンが対世論でどの程度の力量を発揮できるか注目です。


 まあ、日本で見ているとあまり注目ではありませんが、イギリスの政権交代があるのかどうか、WTO交渉がどうなるのか、イギリスはEUとどういうお付き合いをしているのか、そういう目で見てみると今回のマンデルソン貿易担当委員の辞任から色々なものが見えてくるような気がします。