あまり日本では注目されないと思いますが、先日、スイスのミシュリンヌ・カルミー・レイ外相が、スイスの大使会議で「オサマ・ビン・ラーデンと対話の用意がある」という発言をしていました。個人的にはかなり驚きの声明でした。


 色々な報道から発言を追ってみると、こんな感じです。


● テロ集団はけしからん存在だが、かといって政治的な影響力も強く無視できない。

● 対話をするからと言って、彼らを受け入れるわけではない。

● スイスは強国ではないので、どうしても外交上の影響力が限られる。しかし、逆にEUにもNATOにも入っていない国としての特性を活かすことができる。

● そういう観点から、スイスは言葉の力を使うことが最も有効な外交上の手段である。


 まあ、スイスはイランともそれなりに良い関係ですし、コロンビアのテロ組織メンバーに庇護を与えていたりと、それなりに特徴のある外交政策を取っています(ちなみにイランにおいて、アメリカの利益代表をしているのは駐イラン・スイス大使館です。)。カルミー・レイ外相は、たしかイランを訪問した際、ヘジャブ(スカーフ)を被って、ホメイニ師の写真の前でアフマディネジャード大統領と一緒に写真に写っていたのが印象的でした。勿論、アメリカ等からは批判されましたが。


 スイスという国は、閣僚7名からなる政府が統治しています。4大政党に割り振られる閣僚数というのは決まっていて、国民党2名、社民党2名、急進民主党2名、キリスト教民主党1名です。カルミー・レイ外相は社民党から出ている大臣でして、まあ、あえて分類すれば左派ですね。外務省入省試験で、「合格者間で男女比が尊重されていないから」として合格を取り消したという逸話もあるそうです。そういえば、昨年はスイスの大統領をやっていました(あの国は大統領は1年交代の輪番制)。


 今回のビン・ラーデンとの対話の可能性についても、カルミー・レイ外相の個人的な特質が出たんじゃないかと思います。たしかに、欧州的ヒューマニズムから出てきそうな発想ではあります。私はそういうアプローチに非常に懐疑的です。私は「世の中、多くの人は話せば分かるが、残念ながら話しても分からない人達もいる」という意見の持ち主でして、「テロリストも話せば絶対に分かりあえる」というヒューマニズム交じりの見方には絶対に与しません。


 ただ、永世中立国であるスイスの外相が公的な場で「ビン・ラーデンとも対話の用意あり」といったことの意味合いは小さくないでしょう。本当に成立するのかどうかは分かりません。ビン・ラーデンやその側近は、国連安保理決議でそもそも入国させること自体を規制するようになっているので、国連加盟国であるスイスでそういう対話を行うことは難しいんじゃないかな、いや、スイスは国連加盟時も「加盟国として中立であり続ける」という声明を出しているので、その中立性は安保理決議に優先するということなのかな、どういう理屈を持っているのかは興味があります。さすがに、パキスタンやアフガニスタンの山奥までカルミー・レイ外相やスイスの外交官が出ていくことはないでしょう。


 本当に対話がなされるのか、なされないのか、今後、ちょっとスイス外交に注目です。ただ、私はそういう外交は功を奏さないと思いますし、手法についても同感しがたいところが多いですけどね。