モーリタニアという国でクーデターが起きました。モーリタニアといっても知らない方が大半でしょう。世界史に出てくるムラービト朝とかがあったところです、と言っても更に煙に巻くだけですね。アフリカの西端、モロッコの左下くらいということでOKです。国土の大半は砂漠で、首都ヌアクショットも元は小さな漁村だったところに強引に作ったようです。北大西洋海流のおかげで良い漁場があって、私はカラスミを堪能したことが何度かあります。
今回のクーデター、ウルド・アブダライ大統領と軍及び与党との関係が悪化していたことが原因です。民主主義という制度が十分に根付かない国での軍とのお付き合いの仕方について再度考えさせられました。
元々はかなり独裁色の強いウルド・タヤ大統領が2005年まで大統領を務めていました。私は一度1997年の大統領選の最中に行ったことがありますが、まあ、それはそれはトンでもない大統領選挙でした。首都ヌアクショットの街中ではあちこちにテントが立てられ、そこにはウルド・タヤ大統領の写真が飾られ、音響機器も整備され、夜中までずっとそのテントでは周辺の人がお茶を飲みながら(アルコールはご法度)ドンチャン騒ぎをやるというものです。テント、器材を含むすべては政府からの提供で、私はモーリタニアのお役人さんに「んで、野党候補のテントというのはないのか?」と聞いたら、「ちょこっとだけある」ということでした。その時はたしか90%以上の得票率でウルド・タヤ大統領が再選されましたが、あまりの独裁振りに笑うしかありませんでした。
その当時から、私は「この国は安定しているように見えるが危ない」とずっと思っていました。直感的によく外務省のアフリカ担当に「モーリタニアとチャドは安定しているように見えて危ないぜ」と言っていました。独裁政権の不安定さというのはなかなか独裁の最中には見えてこないのですが、よーく目を凝らしてみると何となく「危ないな」というのが見えてくるものです。特にウルド・タヤは私腹の肥やし方が尋常でなく、しかも自分の出身地アタール出身者を露骨に優遇していたので「そういうことやってると世直し隊が来るぞ」と思うわけです。そこで軍の役割というのが出てくるのです。
2005年にクーデターでウルド・タヤは放逐され、暫く軍政を経た後、去年の春くらいに今のウルド・アブダライが大統領になりました。当時は、軍政から民主主義のプロセスを経て民政移管をしたということで「アフリカの民主主義のモデル」とまで言われました。しかも、議会もきちんと選挙をやって、大統領礼賛一色ではない多元的な議会を選出しました。たしかにアフリカではクーデターがあると、そのまま軍が権力に居座ることがままありまして、そういうのと比較すると模範振りが際立ったということなんですね。
今回のクーデターは、色々と見てみると、とどのところウルド・アブダライ大統領が軍の言うことをよく聞かなかったということが第一の原因です。特にこじれたのは、イスラム勢力やウルド・タヤ時代の有力者を取り込もうとしたことに対して反発があったみたいです。近年、アフリカにもイスラム主義者と言われる人達がかなり進出しており、砂漠を後背地として反政府活動をやっています。首都や地方都市での爆破テロ、時にはイスラエル大使館へのテロまでが行われるようになっていました。そういう勢力に対して強く出られないウルド・アブダライに対しての不満が強かったわけです。
あと一つ、これもよくアフリカであるのですが、大統領夫人の運営するチャリティ団体の不正な資金の流れが反発を受けたということです。アフリカでは、よく大統領夫人がチャリティという名の下に団体を作って変な蓄財をします。セネガル、コートジボアール、カメルーン・・・、まあ、枚挙に暇はありません。そして団体の名前が「Servir(奉仕)」、「Partager(分かち合い)」みたいなウソ臭いのが多いのです。これが議会の反発を招いたということですね。私はいつも「アフリカの大統領夫人のチャリティというのはろくなのがないので、くれぐれも付き合ってはいけない」と言っており、アフリカ在勤時もその筋からの援助要請はすべて勝手に蹴飛ばしていました(そうしたら公式ルートで苦情が来ましたけど(笑))。
そんな中、ちょっと前に与党議員が大統領を見限り、ウルド・アブダライ大統領に手詰まり感があったところで、同大統領が、ウルド・アブデルアジズ大統領警護隊長を含む4名の将軍を罷免したら、その日のうちにクーデターがあったということです。無血クーデターなので、特にドンパチはやってません。
欧米諸国は「民主的に選ばれた大統領がクーデターで放逐された」ということでそれなりに非難していますが、多分、暫くは軍政が続くでしょう。ウルド・アブデルアジズ将軍を中心に暫く軍政をやって、もう一度民政移管をやるはずです。識者に言わせると「一応非難はするけど、宗主国フランスはそれほど不満ではないはず」ということです。たしかにフランス外務省の談話を見ていると、非難しつつも「Il est trop tot pour qualifier la situation(情勢を見極めるのはまだ早い)」みたいなことを言ってます。
教訓は幾つかありますが、私なりに纏めるとこんな感じです。
● 軍政からの民政移管は息の長いプロセス。大統領と議会が民主的プロセスで選ばれたからといって、それで上手くいくわけではない。
● 軍を掌握できるようになるまでは、軍と仲違いしてはいけない。自分が最高権力者だと過信しない。
● 民主的プロセスで選ばれた大統領であっても、悪政が目立つ場合は軍が「世直し隊」として出てくるし、それを受け入れる素地がある。
軍が「世直し隊」として出てくることが良いか悪いかというと、それは出てこない方がいいわけです。ただ、えてしてこういうケースでは軍は私心を有しておらず、本当に国を憂えているわけですね。私の感想は「民政移管が上手くいけばいいな」、それだけです。日本だとどうしても「クーデター」というと嫌なイメージがありますが、私はケース・バイ・ケースだと思っています。そういう醒めた見方がある方が健全だと思いますね。
・・・と思って、日本外務省のサイト を見てみたら、クーデターの首謀者の名前がちょこっと間違えています。「あのー、正確にはウルド・アブデルアジズなんですけど・・・、何処見たのかな?」、フランスやセネガルの新聞を見ればすぐに分かるんですけどね。
思い入れがあるので長く書きました。よく「そんなことに関心持っていても票にはならんでしょう」と聞かれます。ええ、なりません。けど、こういう関心を持っていることもいつか役立つだろうと思いながら、夜な夜なあちこちのサイトを見ています。