WTOのドーハ開発アジェンダ交渉の閣僚会合が決裂しました。残っていたテーマは、農業分野において、輸入量が急激に増えた時に発動できるセーフガードの適用基準についてアメリカと中国、インドが合意できなかったとのことです。


 簡単に言うと、国内に零細農家を抱える中印は「関税を下げた結果、アメリカの補助金ジャブジャブの農産品が入ってきて、うちの農家を駆逐されちゃかなわん。アメリカは補助金を下げて、かつ、うちの輸入量が急激に増えた時は関税を一時的に上げることを認めさせたい。」、そんなところです。その発動基準をできるだけ下げておきたいと思う中印と、そんなにホイホイやられては嫌だと思うアメリカという構図ですね。日本は殆ど関心がないと思われます。


 今回、日本は目立ちませんでしたね。特定の分野に拘泥して、交渉全体に噛めてなかったように思います。多分、日本代表団は「農業で一件クソ頑張りする以外は、起こっていることをフォローするだけ」だっただろうと思います(昔からそういう傾向がありました。)。一件拘泥したのは、農業分野で関税削減幅を抑えることができる「重要品目」の枠をできるだけ拡大したいということでした。ちなみにこの「重要品目」、英語ではsensitive productsです。かつては「センシティブ」と書いていたのですが、たしか塩崎官房長官が会見で「センシティブって何て訳すんですか?」と聞かれて詰まったのを契機に「重要」という言葉を当てたのではなかったかと思います。訳自体に特定の誘導を感じますけどね。


 ところで、この交渉について町村官房長官は中印について「自国の利益を重視するあまりに世界経済全体のことをどこまで考えてくれたのか、疑問なしとはしない。世界経済全体に占める役割の大きさをしっかり自覚してほしい」と批判したそうですが、この批判は日本にも十分当てはまるんじゃないかなと苦笑してしまいたくなるところです。


 今回の交渉について、日本の反応はこんな感じだろうと思います(かなり悪意のある書き方をしていますけど)。


● 農水省:よかった、よかった。中印が頑張ってくれたおかげで、重要品目の話がつぶれてくれた。あー、日本が咎を背負わないかたちで交渉が潰れてくれてよかった。

● 経産省:今回、目立てなかったよな。農業に引っ張られるのは本当は嫌だけど、お付き合いせざるを得ないから。

● 外務省:大臣が来ないと、活躍の場が制限されるよな。纏めたかったけど、まあ仕方ない。

● ジュネーブ代表部:農水関係議員や関係者が大挙して来ると厄介なのよね。


 まあ、こういうジョークはともかくとして、今回の日本の対応、反応にはちょっと不可解なところがあります。上記の「重要品目」を全品目の4%とする(一定の条件で6%まで拡大可)というのが最終的に出てきた提案だったのですが、これに対して、国内の農業団体から非常に激しい反応が出てきました。個別の農産品を栽培している団体からも反対が出てきていました。「少なくとも8%の線は譲るな」ということが主たる反対だったと思います。最終局面では、報道によると「6%受け入れもやむを得ない」ということだったそうです。多分、米と中印が合意したら6%を受け入れていたでしょう。これについて2つの疑問点がありました。


1. 元々、6%でも受け入れ可能な状況だったのかどうか?

2. 4%、6%、8%、それぞれの際、どの産品がそこに入るかを分かっている人はいるのか?


 1.については、ギリギリの交渉ということなので政治判断ということで理解する(「納得する」ではない)ことはできますが、2.についてはいつも「変なの」と思うのです。国内の様々な団体が「4%では反対!」と主張する際、その団体は「4%なら自分達の産品は重要品目にならないけど、8%なら含まれる」という理解なんでしょうけど、何処からそんな確約を得ているのかなと不思議になりました。私が思うに、そういう細かい説明はしていないんだと思います。もっと言うと、農林水産省内でも「仮に●%となった際、どの品目がそれに含まれ、どの品目が含まれない」という議論をしてないんじゃないかと思うわけです。


 つまり、何故「8%」を主張するのかということを具体的に詰めることなく、「10%が難しそうなので、なんとなく8%」みたいな薄弱な論拠で歩んだんじゃないかと疑心暗鬼になります。そうだとすると、交渉相手からは「んんんんーーー、つまりはできるだけ多くの品目を重要品目にしたいというだけであって、8%には論拠ないんじゃないの?」と思われてしまいます。私もあれこれと8%の根拠を探してみましたが、何故、7でなく、9でなく、8という数字なのかということをはっきりとは理解できませんでした。


 まあ、これでWTOドーハ開発アジェンダ交渉は暫くは動きませんね。本来であれば、その間に農水省は農政改革に努めなくてはなりません。農産品価格が上がっていて、内外価格差は縮まっています。そういう状況を踏まえて、新たな改革に乗り出すべきだと思います。