この時期になるとどうしても広島・長崎への原爆投下の話を思い出します。いずれの地にも行ったことがありますが、あの悲惨さを語り継ぐ義務が我々日本人にはある、そう信じています。


 そして、今日、車に乗っていたら核兵器廃絶に関するキャラバンの方が隊列を組んで歩いておられました。毎日、外を歩いている身としてはその苦労が身にしみるほどよく分かります。様々な思想的背景はあるものの、その努力に車中から敬意を表しました。


 ところで、核兵器ということでちょっとしたトリビアを。「日本は核兵器を製造しない」ということは国是になっていると思っておられる方が多いでしょう。それは事実です。ただ、「核兵器を製造してはならない」と書いてある法律はないのです。生物兵器、化学兵器は違います。はっきりと国内法で製造しちゃならんと書いてあります。


【化学兵器の禁止及び特定物質の規制に関する法律】

(禁止行為)
第三条  何人も、化学兵器を製造してはならない。
2  何人も、化学兵器を所持し、譲り渡し、又は譲り受けてはならない。
3  何人も、化学兵器の製造の用に供する目的をもって、毒性物質若しくはこれと同等の毒性を有する物質又はこれらの物質の原料となる物質を製造し、所持し、譲り渡し、又は譲り受けてはならない。
4  何人も、専ら化学兵器に使用される部品又は専ら化学兵器を使用する場合に用いられる機械器具であって、政令で定めるものを製造し、所持し、譲り渡し、又は譲り受けてはならない。


【細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約等の実施に関する法律】

(禁止行為)
第四条  何人も、生物兵器又は毒素兵器を製造してはならない。
2  何人も、生物兵器又は毒素兵器を所持し、譲り渡し、又は譲り受けてはならない。


 こういう規定が核兵器についてはないんです。こう書くと誤解を招くかもしれません。実態上はこれに製造、所持、移転することが到底不可能なくらいの法律の縛りが存在します。「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」とか外為法とかの規定をあちこちで駆使して、最終的には厳格な規律がかかっています。


 何故、こういう違いが生じたかというと、生物兵器や化学兵器の禁止についてはそれぞれに関する条約がベースになっているので端的に「製造禁止」とパシッと言い切っているのです。核兵器については、そういう禁止条約があるわけではなく、非常に微妙な国際的なバランスによって成り立っているので、これまでの戦後60年の歩みの中で、様々な法律の規定を積み上げてきたということです。


 ちなみに政府の一般的な立場はこんな感じです。


【質問主意書への答弁】

 我が国には固有の自衛権があり、自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法第九条第二項によっても禁止されているわけではない。したがって、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、それを保有することは、必ずしも憲法の禁止するところではない。他方、右の限度を超える核兵器の保有は、憲法上許されないものである。政府は、憲法の問題としては、従来からこのように解釈しており、この解釈は、現在でも変わっていない。
 なお、憲法と核兵器の保有との関係は右に述べたとおりであるが、我が国は、いわゆる非核三原則により、憲法上は保有することを禁ぜられていないものを含めて政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持し、また、原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)及びNPTにより一切の核兵器を保有し得ないこととしているところである。


 したがって、別に核兵器の所持を禁止する法律がなくても何ら不都合はありません。ただ、あってもいいと思うんですよね。核兵器を経験した唯一の国として、「核兵器を製造、所持、譲り渡し、譲り渡してはならない」という内容を骨子とする簡単な法律案を国会に出してみたらどうなるかな、と想像してみます。


 色々な論点があるでしょう。原子力開発との関係、米軍艦船入港事前協議との関係、安全保障政策上の懸念・・・、まあ複雑な話は山のようにあります。「憲法で必ずしも禁じられてないんだから余地を残しておけばいいじゃないか」といった的外れの指摘をする御仁も出てくるでしょう。


 お役所的発想から言えば、「既に核兵器の製造等の禁止は各種法令で担保されており、実体的には何か新しく権利・義務を創設する効果がない(からやらない)」ということになるでしょう。これは政治のイニシァティブからでなくては絶対に出てこない発想です。


 何故、こんなことを思ったかというと、多分これを国会に出すと与党が割れるような気がするんですよね。「核兵器保有について議論くらいしてもいいじゃないか」というおじさん達が数名いましたね。あのホンネは「持ってもいいじゃないか」じゃないかなと思います。私は核兵器保有は現実的でないし、そもそも現在の国際情勢下では全く割が合わないとかつて書きました(参照 )。それでも「議論したい」という人に提供する材料を与えてあげればいいわけで、その材料として「核兵器の禁止」の法律を国会に上程すれば面白いんじゃないかなと思います。採決の時に「議論してもいいじゃないか」と言った人の立ち振る舞いを見てみたいとは思いませんか。


 何度も言いますが、核兵器については既に厳格な規制が存在しています。ないのは、単に「禁止」とスパッと言い切る法律です。日本という国の姿勢として、そして(おまけとして)国会戦略上、やってみたらどうなのかな、そんなことを車中で考えました。