今回のG8サミットでの地球温暖化対策に関する文言調整を見て、ある事を思い出しました。今回のサミット文書の中で最も注目されたのはこの部分です。


【パラ23抜粋】
我々は、2050年までに世界全体の排出量の少なくとも50%の削減を達成する目標というビジョンを、UNFCCC(気候変動枠組み条約)のすべての締約国と共有し、かつ、この目標をUNFCCCの下での交渉において、これら諸国と共に検討し、採択することを求める。


 2050年、私は77歳です。かなり先だなと誰もが思うでしょう。こういう長期的な視野の中で、大胆な戦略を立てていくということは、正に政治のリーダーシップなんでしょう。


 ・・・と、ここで「そういえば(分野は違うけど)似たようなアプローチを取ったことがかつてあったな。」と思い出しました。それはAPECでのボゴール宣言というものです。1994年にインドネシアのボゴールというところで行われたAPEC首脳会合で自由貿易体制に関する宣言が出されました。これが非常に野心的だったのです。


【パラ6抜粋】
さらに、我々は、アジア太平洋における自由で開かれた貿易及び投資という目標の達成を遅くとも2020年までに完了するとのコミットメントを発表することに意見の一致を見た。実施の速度については、APEC経済間の経済発展段階の違いを考慮に入れ、先進工業経済は遅くとも2010年までに、また、開発途上経済は遅くとも2020年までに自由で開かれた貿易及び投資という目標を達成する。


 2020年までにはAPEC全体で自由で開かれた貿易及び投資を実現するということですね。しかも、先進経済(注:台湾を含むためこの表現)は2010年までにやれということです。まあ、ここでいう「自由で開かれた貿易及び投資」というのが何を指すのかというと、必ずしも定かでないのですが、普通に考えればAPEC内でのFTAということなんじゃないかと思います。


 当時、インドネシアの大統領はスハルト。独裁色が強く(しかも、経済問題にあまり強くなく)、強いリーダーシップを発揮できたからこそできたのです。こういうのは専門家が鳩首会議をやっていては出てこないイニシァティブです。他の国・経済は皆、短期・中期的な目標であれば反対したでしょうが、キャラの強いスハルトが正論でガンガン攻めてきたため、「まあ、あと26年後(2020年まで)の話だしいいか」と思って採択したのでしょう。日本でも大きな議論がなされたのでしょうが、反対派だと思われる農水省なども「まあ、ずっと先の話だし、その頃は世界がどうなっているか分からないしな。」という感じで半ばたかを括って合意に反対しなかったということだと思います。


 そして、今、ボゴール宣言がどう扱われているかというと、まあ、殆ど振り返られることはありません。スハルトから既に大統領は数回代わり、インドネシア政府もそんなに思い入れはないでしょう。今、APEC諸国・経済の中に「ボゴール宣言を実現するために頑張らなきゃ」と思っているところは皆無でしょう。


 今回の「2050年」を見て、似たようなことを感じました。ちょっと違うのは、「2050年」という長期目標であっても危機感を持って途上国やアメリカが反対したということです。逆に欧州諸国は「2050年」という長期目標に「実は問題先送りでやる気ないんじゃないの?」と胡散臭いものを感じて、中期目標(2020年とかの目標)にかなり拘泥しました。日本国内でも、本来2050年まで半減に反対派の人達も「どうせ長期目標だし」と思って反対を貫かなかった節があります。


 ボゴール宣言と今回のサミット文書を見ながら、「(実現可能性はともかくとしての)大胆な政治的イニシァティブ」と「それに繋げていくために何処までロードマップ等の細部に踏み込むか」ということのバランスの重要性を感じました。あまり大括りでもいけないんでしょうし、かといって細部に入り込みすぎてしまうとイニシァティブの大胆さが損なわれる、当たり前といえば当たり前のことなんですが、そのあたりが「外交」の腕の見せ所なんでしょう。


 難しいですよね、これは。今回は評論家っぽくてスイマセン。