アイルランドで、欧州新基本条約(リスボン条約)に関する国民投票が否決されました。いつも思うのは、EUはこうやって辛い道のりを歩みながら進んでいるんだよなということです。国民投票、議会での採決、色々なやり方はありますが、それぞれの国が自分の望む方法で批准手続きを進めることをきちんと許容して、そのプロセスの中からEU統合を進めていくという、その根気と情熱は評価に値すると思います。マーストリヒト条約の時もデンマーク・ショックというのがありました。今回は欧州憲法条約がフランスとオランダで否決され、今回は欧州憲法条約を簡素化したリスボン条約がアイルランドで否決されましたが、今後も歩みは続いていくのでしょう。


 アイルランドという国の人口は欧州全体の中では僅少であり、そんな国に振り回されるのはたまらんという考え方が出てきてもおかしくないところです。それでも、一国が持つ主権をきちんと重んじながら、統合を進めていくという一線を崩さないのは立派ですね。究極的には人口40万人程度のマルタが否決しても成立しないということですから。


 まあ、欧州連合というところは、現時点ではそれぞれの国の主権等を重んじながら進んでいくというアプローチです。一番如実なのは言語ですね。ともすれば、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語くらいを公用語にしようじゃないかなんて声が上がってもおかしくないのですが、厳にそういうやり方は排除されています。一番反対したのは実はフランスでして、多分「そんなことをやっていたら、いつか英語だけにされてしまう」みたいな潜在的なおそれがあるんだと思います。ということで、欧州連合では公式文書についてはすべての言語への翻訳が行われています(ケースによってちょっと差がありますけど)。その中には、ベースが北アフリカのアラビア語(アーンミーヤ)起源とされるマルタ語から、キリル文字を使うブルガリア語までが入りますからね。これでグルジア語とかアルメニア語みたいな、現在のEUメンバーの言語とも言語体系が違う文字が入ってきたら、更に大変ですよね。そういう膨大な作業を、欧州統一のコストとして受け入れる姿勢というのは、私は評価に値すると思います。


 ちょっと気になったのは、今回のアイルランドの投票において、直接EU新基本条約とは関係ない論点で盛り上がっていたことです。「欧州統合が進むと、農業補助金が切られる」、「アイルランドの近年の繁栄を支えてきた産業政策にストップがかかる」・・・、どれもこれも(基本的には機構上の整理を行うことを主眼とした)欧州新基本条約とは直接関係ないものばかりです。オランダ・フランスでの欧州憲法条約否決の時もそうでした。煽情的なテーマに訴える手法が日本でも憲法改正が行われる際、そういうふうになったりするのかな、どうかなと思いを巡らせたくなります。


 ところで、EU新基本条約の批准の仕方を見ながら、私は日本の国民投票法を思い出しました。国民投票法の国会審議で一つ大きな問題になったのが、「一括投票か、個別投票か」というテーマでした。つまり、憲法改正案を全体として国民投票に付すのか、それとも条文毎に投票に付すのか、ということです。論点としては、例えば環境権の導入には賛成だけど9条改正には反対という意思をどう表明するのかというふうに言うと分かりやすいでしょう。


 最終的には、国会法に以下のような条文を入れることで当面解決しています。


【国会法第68条の3】

前条の憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。


 「個別投票派」に配慮しながらも、やり方にはかなり幅を持たせているように読めます。発議するに際して、発議者がどう括って提出するかは、その時々で「内容において関連する」と判断していくわけですから、場合によっては「今回の憲法改正は内容においてすべて関連するものである」として、一括投票に持ち込む理屈立ても成り立たないわけではありません(実態上は苦しいでしょうが)。


 EU新基本条約は「一括投票方式」でやっています。それはそれで一つのやり方でしょうが、その場合、非常にシングルイシュー化してしまったり、上記で書いたように関係ないテーマで盛り上がってしまう可能性が否定できません。では、実務上、個別投票でやる時にどれくらいまで小分けにできるかなということを考えます。一番小分けにすると条文毎になりますね。つまりは投票所に行くと、(包括的な改正案となる場合)投票用紙を100枚くらい渡されて、100個の投票箱に「賛成」「反対」を入れていくということです。さすがにそこまで行くと、実務上不可能なんじゃないかと思ってしまいますよね。投票所の混雑もシャレにならんでしょう。気力のある私でも50箱目くらいでダウンしてしまいそうです。さて、どれくらいが適度でかつ実務上可能なのかということは議論を重ねていってもいいでしょう。総務省の選挙部にノウハウがあるでしょうから。


 まあ、憲法改正になると、どうしても9条に焦点が当たります。ここだけは政治的に見ても、切り離すことになるでしょう。さて、それ以外のテーマをどう整理するか、なかなか難しいですよね。本質的には技術的な話ではありますが、投票結果にこれほどまでに影響する話はないでしょう。