今のように食料が不足して高値になってくると、これまで日本が主張してきた「今の貿易ルールは輸出国に有利にできている」ということがリアリティを持って見えてきます。


 今のWTOのルールというのは、一般論としてこういう前提の下でできているように思えます。


○ 世界は農産物が過剰である。

○ 農産物の貿易を促すことは、農産物に依拠する途上国にとってメリットがある。

○ だから自由化しろ。


 そもそも、農産物が足らない状態を想定していないように思います。本当であれば、今のWTOルールの下では、日本は自由なアクセス機会を提供する必要があります(これまでやってきませんでしたけど)。このコメ不足の状態であっても76.7万トンのコメ市場へのアクセスを開くとどうなるでしょうか。日本の方が東南アジアよりも高く買うでしょうから、コメが不足しても輸出国は日本市場向けの短粒種栽培を行い、そして日本への輸出を行うでしょう。その時に起こるのは、コメの価格の高止まりです。多分、WTOではこういう事態をあまり想定していないんじゃないかなと思うわけです。


 しかも、今、日本が再輸出しようとすると「輸出補助金疑惑」が出てきます。そもそも勝手に輸入義務を設定して買っている日本にも勿論大きな問題があるのですが、それを輸出しようとする時も輸出補助金疑惑がついて回るとなると疑問を持つ方も多いでしょう。そもそも、輸出補助金というのは、かつてEUが過剰農産物を輸出するために付けた補助金で、これが途上国市場を荒らしたことが問題視され、今では全廃に向けて交渉が進んでいますが、やっぱり前提が「農産物が余っている」ということなんですね。足らない時に「安く販売してやろう」という善意の人が出てくることはWTOの世界観の中にはあまり想定されていません。


 日本のこれまでの慣行が正当化できるかというとなかなか難しいのですが、それは脇に置けば、農産物が足らなくなるというこれまでになかった事態の中で、WTOというルールはどう機能すべきかという根本的な問題が突きつけられています。自由化すると、カネのある場所に農産物が集まり、買えない途上国に問題を生じせしめるということ、これは「国際貿易」という経済学の範疇ではなかなか解決できない問題ですね。


 ちなみに日本は「輸出国と輸入国の権利義務関係のバランスを取るべき」という建前の下、輸出規制を抑制すべきという主張をしていました。気持ちは分かります。ただ、これも「農産物が余っている」という世界観が前提になっています。現在、そしてこれからの世界においては、途上国が自己防衛のために輸出規制をせざるを得ない時が出てくるでしょう。その時に日本は「おまえ達、規制せずに日本に売れ」と言えるでしょうか。無理ですよね、それって。「空気読めよ、おまえ」と叱られるだけです。


 上記を踏まえ、私は「自由化反対」ということを言うつもりはありません。ただ、今の自由化ルールの前提となる「世界では農産物が結構余っている。だから、それを捌いていかなくてはならんのだ」ということが次第に成立しなくなってきます。そういう中では、「自由化することが世界全体の福利厚生を高めるのだ」という単純なテーゼに肯んじ得ないところがあるということです。