シーシェパード号による捕鯨妨害が止みません。テレビで見ていると、やっている人達は「愉快犯」的なところがあるようにも見えたりします。


 ところで、あの妨害行為ですが「あれって海賊じゃないの?」と思いました。普通の感覚では「海賊」というと「パイレーツ・オブ・カリビアン」みたいなものを想像するのではないかと思いますが、国連海洋法条約においてはきちんと海賊行為というのが定義されています。


【国連海洋法条約第101条 海賊行為の定義】
海賊行為とは、次の行為をいう。
(a) 私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為であって次のものに対して行われるもの
i.公海における他の船舶若しくは航空機又はこれらの内にある人若しくは財産
ii.いずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶、航空機、人又は財産
(b) いずれかの船舶又は航空機を海賊船舶又は海賊航空機とする事実を知って当該船舶又は航空機の運航に自発的に参加するすべての行為
(c) (a)又は(b)に規定する行為を扇動し又は故意に助良するすべての行為


 まあ、これを読む限り、日本としてはシーシェパード号のやっていることは海賊行為であり、同号は海賊船舶だと解することを妨げる理由はありません。私有の船舶であるシーシェパード号が、捕鯨妨害という私的目的のために、不法な暴力行為を公海上で行っているわけですから、完全にこの条項に当てはまります。


 ただ、ここでポイントになるのは、「私的目的のために」という部分と「公海における」という部分です。日本からすると、シーシェパード号がやっていることなんてのは、当然「私的目的」だと思うでしょうが、多分、オーストラリアなんてのはそういう風には解釈しないでしょう。下手をすると「うちの国の国策を助けてくれる勢力の活動は公益性がある」くらいの変な理屈を出しかねません。「公海における」という部分も、日本は当然公海で捕鯨をやっているという意識ですが、南極に領土権を主張していて、排他的経済水域をも主張するオーストラリアとしては「それはうちの排他的経済水域だ」という主張になるのかもしれません。


 いずれにせよ、日本は対外的にもっと「あれは海賊行為だろう?」と主張してもいいように思います。少なくとも、政権上層部や政府高官から公的にそういうコメントは出ていません(与党幹部が言い始めていますが)。船舶というのは旗国主義が貫かれているので、この場合は旗国であるオランダに第一義的な責任があります。ただ、シーシェパードの母体となる団体はアメリカであって、活動家もアメリカ人を始めとして多岐に渡っています。国連海洋法条約では旗国主義が規定されていますが、その一方で船舶とその旗国の間には「真正の関係」がなくてはいけないというふうにも規定されています。本来は「便宜置籍船」に対する歯止めのようなものなのですが、このケースでも本当にシーシェパード号とオランダとの間に「真正の関係」があるのかどうかは別個の判断としてあると思います(報道で見る限りは、オランダ政府が何らかの管轄権を行使しているようには到底見えないのですが・・・)。


 いずれにせよ、この場合、「海賊行為」であるとする場合に何ができるかまでを見ておく必要があります。実は国連海洋法条約は「海賊」に対しては非常に厳しい規定を設けています。


【国連海洋法条約第100条 海賊行為の抑止のための協力の義務】
すべての国は、最大限に可能な範囲で、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所における海賊行為の抑止に協力する。 


【国連海洋法条約第105条 海賊船舶又は海賊航空機の拿捕】
いずれの国も、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において、海賊船舶、海賊航空機又は海賊行為によって奪取され、かつ、海賊の支配下にある船舶又は航空機を拿捕し及び当該船舶又は航空機内の人を逮捕し又は財産を押収することができる。拿捕を行った国の裁判所は、科すべき刑罰を決定することができるものとし、また、善意の第三者の権利を尊重することを条件として、当該船舶、航空機又は財産についてとるべき措置を決定することができる。 


 つまり、海賊船舶に対しては、どの国が拿捕、逮捕をしてもいいですよ、海賊船舶は絶対に許しませんよ、ということが規定されています。想定し難いことですが、極端な例を言えば、内陸国であるモンゴル(ちなみに国連海洋法条約批准済)の権限ある船舶の存在を仮定して、その船舶がシーシェパード号を海賊船舶だと認定すれば拿捕してもいいのです。勿論、日本の権限ある船舶であってもやれます。これを「普遍的管轄権」と業界用語では言います。この普遍的管轄権が認められるものというのはそれ程多くはなく、まずは海賊のケースで認められました。その後、奴隷貿易、ジェノサイド・・・と来て、最近は国際刑事裁判所の中にそういう発想が盛り込まれています。これらに共通しているのは「人類の敵」ということです。


 では、日本の船であればどんな船でもシーシェパード号を拿捕できるかというとそうではありません。上記で少しまどろっこしい「権限ある船舶」という書き方をしました。それには理由があります。


【国連海洋法条約第107条 海賊行為を理由とする拿捕を行うとが認められる船舶及び航空機】
海賊行為を理由とする拿捕は、軍艦、軍用航空機その他政府の公務に使用されていることが明らかに表示されておりかつ識別されることのできる船舶又は航空機でそのための権限を与えられているものによってのみ行うことができる。


 つまり、誰でも海賊をひっ捕まえていいということではなくて、それなりに軍用等の識別が可能で、拿捕するための権限がきちんと与えられていないとダメなんですね。冷静に考えると、誰でも「拿捕」という最も強い権力を発揮できるような世界なんてのはあり得ませんからね。つまりは、捕鯨船「日新丸」ではシーシェパード号を拿捕することは出来ないわけです。では、どうすればいいかというと可能性は2つです。妨害行為が行われている地域の近隣国で、シーシェパード号を海賊船舶だとみなしている国に軍艦、あるいは沿岸警備隊的なものを出してもらって拿捕してもらうというのが第1の可能性ですが、まあ、これは無理でしょう。そんな国はいないと思います。もう一つの可能性は日本が海上自衛隊又は海上保安庁の船舶を派遣して拿捕するということです。これは、日本としてシーシェパード号が海賊船舶であると解釈し、それに関し強い信念がある限りは、国際法上や完全に合法です。その行為自体はなんら謗りを受けるようなことではありません(それ以前の法解釈のところで全く相容れないのですが)。


 ただ、この海賊行為の取締を海上自衛隊や海上保安庁がやれるかというとやれないのではないかと思います。それは国内法が整備されていないからです。公海で日本の船が海賊行為に遭っている時に、それを防止するための行為は今の憲法上も禁じられてはないんじゃないかなと思います(解釈論として争いはあるでしょう)。


 かなり蘊蓄を垂れました。実は「あれは海賊だ」ということは全く正しいですし、そういう主張をしていくことは大切ですが、実はその後日本が打てるタマはあまり多くないのですね。海賊対策のための国内法整備はやっていってもいいように思います。