アルメニアというコーカサスの国が揺れています。ご多分に漏れず、この国でも大統領選がきっかけでした。大統領系のサルキシァン首相とテル・ペトロシァン元大統領による激しい大統領選の結果、サルキシァン首相が勝利したということに対して、元大統領が異議を唱えて街中が騒然としているということです。テル・ペトロシァンは自派の支持者に武器を渡しているとも言われており、何とも物騒な雰囲気が首都エレヴァンには漂っています。今は非常事態宣言が発せられています。


 テル・ペトロシァンというのは初代アルメニア大統領でした。ただ、アゼルバイジャンとの領土紛争(ナゴルノ・カラバフ紛争)でアゼルバイジャンに譲歩するような解決を図ろうとして放逐されたというのが簡単な構図です。アルメニアが実効支配していた領土をアゼルバイジャンに返すかわりに、アゼルバイジャン(トルコ系)とトルコから科されていた封鎖を解くことを目的にしていました。まあ、普通に考えればアルメニア人に受け入れられるような解決策ではないのですが、テル・ペトロシァンなりに賭けに出たのでしょう。結局、今の大統領のコチャリアンに追い出されてしまいました。


 コチャリアン政権は10年続きました。まあ、お世辞にも民主的な手法で政権運営されたわけではないのですが、かといってアゼルバイジャンとの紛争を悪化させることなく、更にはロシア、アメリカ、イラン、欧州とすべての関係国とそれなりに仲良く関係を維持したということは特筆できるでしょう。特に小難しいロシアとの関係を上手くマネージしたことは大したものです。隣国のグルジアのサーカシビリ大統領は、親欧州ぶりを打ち出してロシアとガツガツぶつかって、パイプライン停止、グルジア産品輸入停止等、かなり嫌がらせをされているのと比べると更にアルメニアが際立ちます。


 その関係で、ちょっと私が「?」と思ったことがありました。実は昨年グルジアで大統領選挙があった際にも、選挙に不正があったのではないかということで、再選を果たしたサーカシビリ大統領に対する反対行動がかなり盛り上がりました。これはどう見てもロシアが後ろから手を回していました。ロシアが裏から物心ともにサーカシビリ政権を揺さぶりましたが、最終的には揺さぶり倒しきれないと判断したのでしょう。ある瞬間からサーカシビリ再選を認めるような発言に転換し、大統領就任式にはラブロフ外相が出ていました。まあ、あれがサーカシビリとロシアとの手打ち式だったのでしょう。


 普通、旧ソ連系で現職の再選をめぐってこじれる時は、ロシアが現職に対して不満を持っていて、それに対して揺さぶりをかけるというパターンが多いように思うのです。


 しかし、コチャリアン現大統領、サルキシァン候補(現在は首相)に対するロシアの感情は悪くないはずです。ということは裏からロシアが手を回さないかたちで、反対行動が盛り上がっているということですね。むしろ、ロシアはこの種のデモ行動を抑えにかかる側にいるはずなのです。それはとりもなおさず、操作された反対活動ではなく、ある程度は自発的な要素を持った反対行動なのかな(勿論、テル・ペトロシァンが背後にいるのですが)と思うと、それが非常事態宣言を発しなくてはならないほどまで盛り上がっていることにはちょっと驚きを感じます。


 まあ、現場にいるわけではないので私にはよく分からないところがありますが、少なくとも昨年、グルジアで大統領選後に盛り上がった(ロシア主導の)デモ、反対行動と、今、アルメニアで起こっていることの間には大きな違いがあって、単に「安定しないコーカサス」ということで雑に纏めてはいけないでしょう。


 最後にちょっとしたトリビアなのですが、このシンガー も名字はサルキシァン、アルメニア系なのです。サルキシァン新大統領と遠い縁戚かな?と思わなくもありません。