小麦の価格が上がってきました。4月からの政府売り渡し価格が30%アップというニュースはさすがにマスコミの関心を引いたようです。昨年も2回にわたって値上げしているので、トータルでは結構な値上げ感があります。これまでは値上げをせずに頑張ってきた小麦関連の業者も、30%も価格がアップすると企業努力で吸収することはできずに販売価格に転嫁せざるを得ないでしょう。農水省は消費者物価指数に与える影響はGDPの0.03%と説明していますが、実生活では結構値上げ感があるのではないかと思います。


 ところで。、この小麦、業者が自由に輸入することはできません。実は政府が一元的に買い付けて、それを業者に売り渡すというスタイルで調達しています(これを専門用語で「国家貿易」と言います。)。国がアメリカやオーストラリアから国内需要を勘案して買い付けます。ただ、小麦はコメと違って、国内生産が消費量の1割程度(年50万トン程度)なので、輸入を完全に制限しようという動機はありません。むしろ、下記のような事情があります。


 今は大体1トン当たり5万5千円前後ですが、4月からは概ね7万円を超えます。これだと「ふーん、そうか」というくらいでしょうが、実はこの価格の中で政府が徴収している「マークアップ」という制度があります。少し理解しにくいですが、正確に説明すると、農林水産省はまず国家貿易による輸入枠(年500万トン強だったと思います)の範囲内では無税で輸入します。農林水産省は無税で輸入した後、マークアップと言われる課徴金を付けて、国内業者に売り渡します。マークアップはキロ当たり45.2円を超えないということになっており、その水準は政府が市場の動向を見ながら決めていっているようです。現在のトン当たり5万5千円の売り渡し価格では、輸入価格の50%の関税に相当するくらいのマークアップが徴収されていると思っていただければ間違いないでしょう(このマークアップは関税ではないというのが農林水産省の立場ですが)。なお、国家貿易による輸入枠を超える数量での輸入については、キロ当たり55円の関税を払えば自由に輸入できることになっています。ただ、この関税水準ではいくら価格が安い外国産小麦でも国内産に負けてしまうので、ほとんど輸入されることはありません(つまりは国家貿易による500万トン強の輸入以外では、外国輸入は殆どなく、国内需要は国家貿易分+国内産で賄われている。)。


 4月以降の30%値段アップにおいても、マークアップはトン当たり16868円となっていますから、売り渡し価格7万円と計算しても輸入価格(7万円-16868円-港湾諸経費)に比すれば、輸入価格の35%くらいのマークアップが徴収されていることになります。金額にすると、単純計算で500万㌧×16000円/トンとして800億円といったところでしょう。マークアップという言葉が分かりにくい方は「関税」と置き換えてもらってもそんなに間違いではありません(農林水産省は否定するでしょうが)。このマークアップ分は、国内の小麦生産者への補助金として使われています。「特別会計」に一旦入ります。


 さて、値段がこれだけ上がってくる中、このマークアップの水準が適正かどうかということが今後焦点になってくるんじゃないかなという気がします。実は経団連はかねてからこのマークアップの水準引き下げ、ひいては撤廃を求めてきました。「国内生産者への補助はマークアップ収入ではなく、一般会計からやるべし」といった論を展開して、これまで規制緩和の一環としてマークアップの引き下げを求めていました。私はあまり何でも一般会計で面倒を見ればいいという風潮には危惧を覚えるので、この主張にはすぐには肯んじえないところがあります。ただ、マークアップが国内生産者の保護を目的として輸入価格の35%も徴収されてきており、それが家計にずっしり圧し掛かっていることについてはあまり知られていないように思います(なお、国内生産者への補助金についてはマークアップ収入分で賄いきれなくても一般会計で面倒を見る体制になっているようです。)。


 徴収したマークアップ分が国内生産者への補助金ということになっている、道路特定財源と似たようなところもあり、似てないところもあります。少なくとも一生懸命がんばっておられる(特に北海道の)小麦生産者の方を困らせるようなことはしてはならないと私は思います。ただ、一つ気になるのは、このマークアップ収入分は適正に使用されているだろうかということです。最近の特別会計の収支の中でよくクローズアップされるのは「目的外と思われるものに使われている(例:レジャー用品、豪華官舎)」ということです。恐らく、最近の様々な特別会計の不祥事は、財務省が「特別会計の運営に必要な費用は特別会計内で出しなさい。一般会計に負担を与えないように。」というスタンスでやっていること(それ自体は正当な判断だと私は思いますが)に加え、特別会計はチェックされにくいということがあるのだと思っています。このマークアップ分を農林水産省で小麦を担当する部局がどう使っているかは検証される必要があると思います。


 ポピュリスト的なことは私の本意ではありませんが、(1) 小麦の価格の中には国内生産者補助のための費用が盛り込まれていること、(2) その費用は「特別会計」で運用されていること、この2点について少し意識を喚起しておきたいと思います。