沖縄での暴行事件を機に、日米地位協定の改定交渉を求める声が高まってきています。この件に関して、私は直接の担当であったことはありませんが、色々と機微なことを知っているので少し慎重に書いてみたいと思います。
ここで言う「改定」とは何を意味しているのかなと考えます。なお、私は「暴行事件は仕方ない」とか、「日米地位協定改定は無理」とか、そういう意図は当然全くありません。是非、誤解なきようお願いします。
まず、日米地位協定における裁判権の扱いについてですが、これはいわゆる「運用改善」で、重大事件については起訴前の拘束が可能になっています。もう少し日本の警察権力が関与する度合いを強めることができるかもしれませんが、恐らく同じ方向性でのアプローチでは劇的な効果が臨めることはないでしょう。その証左に最近政府は「運用改善」ということを以前ほど口にしなくなっています。「運用改善」で出来ることはほぼパンパンにやったという思いがあるのではないかと思います(それでも、今日の国会では高村外相は「運用改善で」と言っていましたが)。
では、協定改定交渉で実現できることと言えば「米軍は街に出ている時は完全に日本の法律に服する」みたいな感じでしょう。まあ、そこまで行くともう地位協定のこの部分は不要ですね。改定というより「削除」になります。ただ残念なことに、こういう感じで規定を設けたとしても暴行事件を起こすような兵は服する法律が軍法であろうが、日本法であろうが同じような事件を起こすような気もします(この手の事件については、米軍法の方が罰則等緩いという事実はありますが)。あまり罰則が抑止力にならない類の人たちではないかと思うわけです。その結果、今回の暴行事件を完全に防止しようとする場合の方策としては「軍人はそもそも基地外に出ちゃいかん」とするか、「米軍は出て行け」とするかしかないでしょう。そこまで行かないのであれば、最後は米軍兵のモラルにもある程度依拠せざるを得ないですね。とは言え、そもそも今回の事件を起こすような兵を基地外部に住まわせることについては、私自身おかしいと思っています。
あと、ちょっとマイナーなテーマかもしれませんが、日本も地位協定を外国と締結しています。自衛隊が海外に出る時にその身分保全ということですね。実はその時に裁判権免除みたいな規定が入っているんじゃないかと思います。まあ、日本の自衛隊の方は真面目なので暴行事件とは無縁なのですが、アメリカとの地位協定と似たようなことを日本が他国でやっているという事実は踏まえておく方がいいように思います。
「協定改定」については、裁判権の問題だけでなく、施設・区域の提供に関する法の適用、環境条項とか、米軍が使用した土地等を返却する際の原状回復義務(米軍から返してもらった土地からPCBが出てきた件等)とか、他にも色々な問題提起があります。ただ、これまでずっと政府は「運用改善」だけを言い続けてきました。「運用改善」=「協定そのものには手を付けない」ということです。これに対して、種々の理由から日米地位協定に厳しい目を向ける人達は「協定改定」を求めてきました。
実はこのやり取りは十分に噛み合ってないところがあるのです。というのも、「何故、政府は協定改定交渉をやりたくないのか」が全く見えないからです。理由が判然としない中、「協定には手を付けたくない」と言っている方と「協定改定」を求める方がガチンコをやっても進展はなかなか見出しにくいでしょう。それがこれまでの構図でした。政府が協定改定交渉をやりたがらないのは、単なる対米配慮だけで片付けることはできないでしょう。普通に考えれば、やり始めると何らかの不利益がある(やらないことに現状利益がある)と思っているからでしょう。そこが全く見えないから、やり取りが噛みあわないのですね。
つまりは、協定改定交渉をするとアメリカ側からも「それならこっちも言いたいことがある」ということで要求が出てくると見ていて、それが不都合だからパンドラの箱を開けない方向で政府が頑張っているということなのですね。米側からすれば「自分達は日本防衛の義務を負ってきているんだ」という意識が強いですから、日本が現在の地位協定のバランスを崩すのなら、こっちもかねてから思っている改善要求を突きつけるよ、ということになるわけです。勿論、それを日本として受け入れるかどうかは別問題です。ただ、日本政府が「運用改善」だけを口にするのは、そういう「日本がパンドラの箱を開けたら、アメリカ側からも色々出てくるだろう。だからパンドラの箱は開けない。」といった判断があるということは踏まえておくといいでしょう。
では、このアメリカから出てくるであろう要求は何かというと我々の目には見えないものです。ただ、私はこういうテーマで率直に議論する機会があってもいいと思うのですね。「今、協定改定交渉を始めた時に相手はこれこれの要求をしてくるだろう。それでも協定改定交渉をやりますか?」というテーマで議論を開始すると、最初はてんやわんやの状態になるでしょう。米軍基地のある日本各地から実体験を踏まえた厳しいご意見が出てくるでしょう。ただ、一度そういうことを経験することが、今の日米地位協定には必要なんじゃないか、その先に在日米軍に対する理解の進化・深化があるんじゃないかね、そんなことを考えたりします。