中部アフリカのチャド情勢が深刻化しています。チャドと言っても、殆どの方は「知らん」という感じでしょう。世界史の教科書でアフリカの歴史を勉強すると「カネム王国」というのが出てきますが、その地域です。


 ただ、この国は今の国際情勢の中ではかなり優先度が高いです。全然どうでも良いことなのですが、「chad」というのは英語で「パンチで穴を開けたカード」みたいな意味があって、この言葉がよく取り上げられたのが、2000年のアメリカ大統領選挙。最後の最後まで揉めたフロリダでの開票作業の過程でよくこの「chad(アメリカの選挙ではパンチ式カードが使われる)」という言葉が出てきました。勝利が決まった後、ブッシュがフロリダでの功労者に「あなたは(新政権では)駐チャド大使だな」みたいなくだらないジョークを飛ばしていたことを思い出します。


 面積は広くて、多分日本の5倍くらいはあります。大半がサハラ砂漠になり、首都はンジャメナ。昔、しりとりの最後の切り札として「ん」で始まるこの街の名前を活用したことがあります。まあ、アフリカでは「ん」で始まる名前、地名は全然珍しくないのですが。ンジャメナは国の南部にあり、カメルーンやナイジェリアとの国境からすぐのところです。アフリカではえてして首都が国の端っこの方にあって、それ自体が地域対立の原因になることがあります。コンゴ民主(キンシャサ)、ニジェール(ニアメ)、モーリタニア(ヌアクショット)なんてのは良い例で、その問題を克服しようとしたのが象牙海岸(アビジャン⇒ヤムスクロ)、ナイジェリア(ラゴス⇒アブジャ)です。


 チャドもご多分に漏れず、南北対立が激しいのですね。民族的には北部の砂漠地帯に住んでいる人たちと、南部に住む定住民族とでは人種的にも、文化的にもかなり違いがあります。昔から乾季になると、遊牧民族が家畜を連れて南下してくるのですが、それが南部の人たちとの対立の原因でした。家畜に畑を荒らされるなんてことは大したことがないように思うかもしれませんが、部族が社会の基礎単位である中においてはどうしてもこういう部族間の意識の対立というのは深く根ざしているものです。しかも、今、南部では石油が出るようになっています。どうやって外海に出すのかという点で、ずっとチャド・カメルーン・パイプラインの可能性が追求されていました。カメルーンの大事な自然を壊すのではということで世銀は資金を提供するのにかなり渋っていたようでしたが、今はエクソンやペトロナス(マレーシア)主導で石油資源を産出し、カメルーンから海に出しています。こういった石油資源の収入の配分でもやはり北部地域は不満を持っているわけです。


 大統領はイドリス・デビー。彼自身は北部の出身ではなかったかと記憶しています。クーデターで政権について早20年弱。トランスペアレンシー・インターナショナルという団体から、世界で最も汚職のひどい国というありがたい称号を貰っています。非常に大統領に権力が集中していて、強権政治です。大統領は2期までという憲法を変えて、最近「何回大統領になってもOK」みたいな感じになりました。アフリカでそういうことをやるのは珍しくはないのですが、まあ、その露骨なケースです。1990年頃にクーデターで追い出したヒセヌ・ハブレも相当ひどかったようで、たしか虐殺行為でベルギーの裁判所で訴えられていました。デビーについてはずっと健康不安説があります。結構、長々とお国を留守にしてフランスで入院していたこともあります。


 今回、反乱軍が北部から進撃して、首都のンジャメナをほぼ占拠した背景がどういうものかは今一つよく分からないところがあります。単なる南北対立というよりは、どちらかというと権力争いや個人的な怨恨の一環なのかなという感じがあります。一応、反乱軍は「チャド国民の苦難を除くため」とか「石油収入をめぐるデビー政権の汚職を糾弾」みたいなことを言っていますが、その親分達は元閣僚だったり、デビー大統領の縁戚だったりで、本当に真摯な意味での世直し隊とは思えません。更にはダルフール問題でスーダンとチャドは犬猿の中で、ダルフールの反政府勢力をチャドが支援していたり、今回の反乱軍をスーダン(や民兵組織のジャンジャウィード)が支援していて、もう手が付けられません。こうやってチャドで内戦が起こっている間も、どんどんダルフールからチャド国内に難民が押し寄せているのです。なかなか日本からでは見えてこないのですが、近年では俳優のジョージ・クルーニーがダルフール情勢を救うために立ち上がっていました。このダルフール危機、見えにくいということは何か良くないことがまだ続いていると思っている方が正しいでしょう。


 報道を見ている限り、一時期相当に危ない状況だったようですが、今は少し政府軍が押し返した状態で停戦になっているようです。私は現地のことはさっぱり分かりませんが、かなりフランスがデビー政権を下支えしたような感じがします。フランスはずっとチャドに空軍を配置しています。あの有名なフランス外人部隊なんかにとっても、チャド戦線が最難関地域になっています。たしかに良く見てみると、地理的にこういう場所に空軍を置くというのは戦略上大切なんだろうなということが分かります。アフリカの何処に出撃していくのでも、チャドというのは重要ポイントですよね。そういうことがあってかどうかは分かりませんが、フランスは一貫してデビー政権に非常に温かく接してきたような印象を持っています。正直なところロクな政権ではないことはフランスも分かっているはずです。どういう判断があるのかは私には知る由もありませんが、まあ、これまで何度と起こったクーデターでもフランスは常にデビー政権を支えていました。今回もサルコジ大統領、モラン国防相と要人が政権を支えるコメントをしています。もう少しマクロに見た時、「デビー政権が倒れたら、今のダルフール情勢が一気にスーダン政府に有利になる」という判断があるのかもしれません。


 最後に中国ですが、実は2006年くらいまでデビー政権は台湾承認でした。これが今でも台湾承認だった時にはかなり冷たい対応を国連などでやったのでしょうが、今回はあまり変な動きはないようです。多分、関心があまりないのではないかと思います。中国はスーダンでの資源開発で権益を持っているので、スーダン政府に武器売却などを行っています。ただ、それが隣国情勢等に波及して・・・みたいなことには関心がないのではないかと。単に資源が得られれば良い、その目的のためにはどの国とでも手を結ぶ、それだけなんだろうと私は思っています。今回のチャド情勢で中国が大きく動くことは、それがスーダン非難にでも行かない限り多分ないでしょう。


 ましてや、日本は大使館もありませんしね。外務省の中でさえ、遠い国の話ですよ、きっと。かつて外務省設置法では「チャド」のことを「チャード」と標記していたので、公式文書で「チャ」と「ド」の間に「ー」を加筆するのがかつての私の仕事でした。