(これから書くことはあくまでも「条約上の話」です。私は決してアンチ捕鯨派ではありません。当地北九州でクジラを食べながらよく呑んでます。その点を十分にご理解いただいた上で読んでいただくようお願いします。)


 南氷洋で調査捕鯨をしていた日本の船が「シー・シェパード」という環境団体の船に妨害され、更には2名が乗り込んできて日本側に拘束されました。なんでもオーストラリアの裁判所で、調査捕鯨をやっている地域はオーストラリアの200海里水域に当たる地域であり、オーストラリアがクジラ保護地域に設定しているのでそこでの調査捕鯨は違法であるという判決が出て、それをベースにして乗り込んできたとのことです。


 まあ、仮に百歩譲ってそこでの調査捕鯨が違法であったとしても、私人(しかも外国籍)が勝手に乗り込んでくるのを是認するというのは法治国家としてはあるまじき行為です。これが可能であれば、オーストラリアで違法建築をした人に対して、誰でもその家に乗り込んでぶっ壊すことが可能になってしまいます。どう考えてもシー・シェパードのやったことは看過できません。


 ただ、一つだけ留保をしておきます。日本のマスコミ等では、オーストラリアが200カイリ水域を設定する行為は南極条約に反するのでそもそも認められないという報道がなされています。外務省の報道官も以下のようなことを行っています。


【外務報道官発言】

この豪州の連邦裁判所の判決なるものについては、日本としてこれを受け入れることは出来ないという立場です。そもそもこの判決は、豪州が南極大陸に対する領有権の主張というものを基礎にしており、その領有権の主張をベースに、沿岸の200海里に排他的経済水域(EEZ)を設定している訳です。このEEZにおいて、豪州の国内法が適用されるのだという主張を前提に判決が出ている訳ですが、そもそも私どもは南極大陸について、如何なる国にも領有権を認めないという立場を取っており、従って、今申し上げたような根拠で出された判決は、受け入れることは出来ないということです。


 さすがに外務報道官は南極条約には言及していません。これはある意味賢明なのです。南極条約では「(南極条約以前から主張してきた)主権を主張してはいけない」などということは何処にも書いてないのです。ちょっと細かい話ですが、条約の該当部分を見てみます。


【南極条約第4条】

1.この条約のいかなる規定も、次のことを意味するものと解してはならない。

(a) いずれかの締約国が、かつて主張したことがある南極地域における領土主権又は領土についての請求権を放棄すること。

(b) いずれかの締約国が、南極地域におけるその活動若しくはその国民の活動の結果又はその他の理由により有する南極地域における領土についての請求権の基礎の全部又は一部を放棄すること。

(c) 他の国の南極地域における領土主権、領土についての請求権又はその請求権の基礎を承認し、又は否認することについてのいずれかの締約国の地位を害すること。

2.この条約の有効期間中に行なわれた行為又は活動は、南極地域における領土についての請求権を主張し、支持し、若しくは否認するための基礎をなし、又は南極地域における主権を設定するものではない。南極地域における領土についての新たな請求権又は既存の請求権の拡大は、この条約の有効期間中は、主張してはならない。


 これを正確に理解するのは難しいと思いますが、何処を見ても(各国がこれまでに確立したと主張している)主権等を主張してはならないとは何処にも書いていないのです。この条約はどちらかというと「現状凍結」の意味合いが強いものです。今、あなたが主張している主権等を諦めろとも言わないけど、これから先、新たに主権等を主張するのもダメですよ、まあ、そんな感じのことです。幾つかの国が南極条約以前から主張していた主権等については何も言っていないというのが正確なところです。


 なので、オーストラリアの言う「うちは主権をこれまで主張してきた。その主権に基づいて判決を出した。何が悪い。」という解釈が絶対に禁じられているというわけではないのです。日本はそういう主権等自体を認めていない、オーストラリアは主権等を主張している、それを調整するメカニズムは南極条約の中にはない、それだけのことです。有り体に言うと「食い違い」をそのまま残しているということですかね。


 ちなみに、外務省のサイト では南極条約の解説で「領土権主張の凍結」と書いてあります。間違っているとまでは言いませんが、領土権を主張すること自体ダメなのだと読めてしまう点でちょっと誤解を招くかなと思わなくもありません。町村官房長官は「南極に領土権を主張しないというのは国際的なコンセンサス」と言っています。ただ、英、ノルウェー、仏、豪、NZ、チリ、アルゼンチンは少なくとも領土権を主張している(ただし、実際に行使しているかどうかは別です)ようですから、なかなか苦しいなという感は拭えません。


 最後にもう一度書きますが、私はシー・シェパードの行為は認められざるものだと思っていますし、オーストラリアの主張にも全く与しません。ただただ、南極条約をめぐる解釈論から言うと、そこにはグレーゾーンがあるということだけを書いておきました。