テロ対策特措法について、かなり包括的な質問主意書のやり取りがされていました。テロ対策特措法についての法的な論点が相当程度明らかになっています。是非読んでみてください(質問答弁 )。


 ただ、この答弁書を受けての報道は「政府、テロ対策特措法での給油のイラク転用を否定」というものでした。ここまでポイントを外した報道は珍しいです。テロ対策特措法の帰趨に注目が集まる中、有り体に言えば「超誤報」と言ってもいいくらいのものです。この答弁書の中で「イラク転用を否定」した部分など何処にもありません。ただ、ここからスタートすると物事がわかりにくくなるので少し順を追って説明していきます。


 まず、この答弁書を見て留意したことがいいのは「テロ対策特措法に対する質問で一度も『アフガニスタン』という言葉がなかった」ということです。これがこの法律の内容と法律に対する世間一般の認識の間のギャップを示しています。少しザックリと言うと、この法律は「アフガニスタンにいるテロリスト」を掃討する米軍艦船への支援ではないのです。そういう地理的な限定は何処にもないのです。9/11同時テロを受けて、国際的テロリズムを防止するための米軍等が行う活動への支援、ただそれだけです。2001年当時、9/11同時テロを引き起こした連中と繋がっている(とされた)アルカイーダがアフガニスタンに潜伏していると判断されたから、アフガニスタンのテロリスト対策だと思われていますが、法律上はそんなことは何処にも書いてありません。


 つまりは「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動」が仮に太平洋のど真ん中で行われているとすれば、そこで給油することも禁じられているわけではないのです。「二の1の(一)について」の答弁で「(特定の要件を除けば)テロ対策特措法に、対応措置を実施する区域を地理的に限定する規定は設けられていない。」とあり、また、「二の1の(二)について」の答弁で「テロ対策特措法にいう『国際的なテロリズム』は、地理的な限定を付して規定されているものではない。」とこれらの点は明確にされています。ただ、現在は法律とは別の「テロ対策特別措置法に基づく対応措置に関する基本計画」のレベルで海上自衛隊の活動範囲が限定されているだけです。その範囲とて、日本の領域、インド洋(ペルシャ湾を含む)、ディエゴ・ガルシア島、オーストラリア、インド洋沿岸等と結構広いのです。


 では、答弁書は何と言っているのでしょうか。簡単に言うと「我が国が補給した艦船用燃料等については、テロ対策特措法の趣旨に沿って適切に使用されている」と言うことです。では、「テロ対策特措法の趣旨」とは何かと言うと、やっぱり(雑駁ではありますが)9/11同時テロを受けて、国際的テロリズムを防止するための米軍等が行う活動への支援なんですね。徹頭徹尾、アフガニスタンなんて言葉は出てきません。ペルシャ湾やホルムズ海峡近くでの給油がアフガニスタン関連だとも言いませんし、イラク関連だとも言いません。記事を書いた記者さんは「テロ対策特措法=アフガニスタン」という固定概念があるから、上記のような答弁書を見ると「イラク戦争への転用なし」と判断してしまったのでしょうが、それは政府のプロパガンダに乗せられていると言ってもいいかもしれません。もっと言えば、テロ対策特措法の話をする際、テレビの画面にアフガニスタンの難民の姿が出ていたりするのも本来は若干ミスリードです(間違いではありませんが)。


 「ん、緒方林太郎はテロ特措法がイラク戦争目的で使われることを正当化しようとしているのか」と思われた方もいるでしょう。違います。私はペルシャ湾やホルムズ海峡近隣で補給する活動が正当化されるには、やっぱりイラクなどのペルシャ湾近隣で「国際的なテロリズム」が起こっていたりすることが必要じゃないのかねと思います。この点について、実は答弁書は結構重大な点をこっそりと忍び込ませています。イラクで「国際的テロリズム」が行われているかという質問については、「二の1の(四)について」の答弁で明確な答えを逃げています。行われているとも行われていないとも答えていませんね。自信を持って「行われている」といえるのであれば例を挙げるはずです。多分、テロ対策特措法の絡みで、イラク付近での給油を正当化できるほどの国際的テロリズムがあると言い切れる自信がないのでしょう。その証左に「二の1の(三)について」では、ペルシャ湾近隣の地域又は国で国際的テロリズムが存在するかとの問に対して、「サウジアラビア王国では、平成十六年十二月にアル・カーイダの関与が疑われるテロリズムが発生したものと承知している」と具体例を挙げています。


 なお、このサウジアラビアのケースは見逃しがちですが、実は非常に重大な点が潜んでいます。平成十六年十二月にアル・カーイダの関与が疑われるテロリズムが起こったと言っていますが、これは実は同じサウジアラビアでも西部のジェッダにあるアメリカ総領事館を対象としたテロ攻撃なのです(平成十六年十二月六日だと思います)。ペルシャ湾沿岸ではなく、ペルシャ湾から遥か離れた紅海に直面したジェッダでテロ攻撃が起こったことを例に挙げているわけです。答弁書として嘘をついているわけではありませんが、テロ対策特措法についてペルシャ湾での活動にフォーカスを当てて質問しているいる時に(具体的な例を事実上隠すかたちで)紅海沿岸で起こったテロの話をするのは誠実さに欠けるように思います。まあ、折角ですからジェッダでテロが起こることとテロ対策特措法との関係を考えてみましょう。私が思うにペルシャ湾がインド洋に含まれるのなら、紅海もインド洋に含まれると思いますね。ということであれば、ジェッダでのテロ行為に対応するなら紅海でウロウロしている米軍艦船に給油すればいいのです。それはテロ対策特措法との関係では、ジェッダでのテロが特措法に言う「国際的テロリズム」である限り完全に整合的です。しかし、それは多分やってないと思うんですね(分かりませんけど)。では、ペルシャ湾からサウジアラビアに入国した人間がジェッダまでテロ活動をしにいくでしょうか。まあ、ネフード、ルブ・アル・ハーリーといった砂漠のことを考えると現実的ではありません。この答弁はやっぱり不誠実だと思います(不誠実でなければ自信のなさの現れ)。


 政府はペルシャ湾でやっていることを正当化するために、テロ対策特措法に言う「国際的テロリズム」がペルシャ湾隣接地域で生じていることを証明するのが一番です。しかし、これは上記のとおり至難の業でしょう。実は答弁書にはちょっとした逃げ道が入っています。「二の1の(三)について」や「二の5について」の答弁に出てくる言葉に「関連物資」という言葉が出てきています。テロ対策特措法には何処にも出てこない言葉ですが、答弁書では米軍等が行っている海上阻止行動の目的を「テロリスト及び関連物資の拡散や流入の目的の阻止」としています。ここを逃げ道にしているのでしょう。つまり、仮に百歩譲って国際的なテロリズムがこの地域で起こってなくても、テロの関連物資の輸送を防ぐために米軍等が活動していて、これに補給活動をしているということで正当化できるということです。まあ、これは理解できなくはないのですが、実はテロの関連物資とは何かというのは難しいのです。これは一つ博士論文が書けるくらいの深遠なテーマなのでこれ以上やりませんが、テロの関連物資の拡散を防ぐための米軍等の活動に支援することが正当化できるなら、多分太平洋のど真ん中で監視活動をやっている米軍艦船にも給油できることになるでしょう。やっぱりちょっと変ですね。


 ちょっと小難しくなりすぎました。雑に纏めてみるとこんな感じです。

・ テロ対策特措法はアフガンのテロ対策ということだけではない。法令上はイラクやイランを視野に入れてもOK。ましてや答弁書は「日本の給油のイラク戦争転用否定」などとは言ってない。
・ ただ、イラクやイランを視野に入れるためには、特措法にあるような国際的テロリズムがこれらの国で起こっていることを証明できることがベスト。
・ しかし、政府はそういった証明はできていない。今後も多分できない。
・ 「関連物資の拡散、流入阻止」は突破口になりそうだが、これとて理屈のレベルで辛い面がある。


 少しだけ最後に、もうちょっとだけ気になったことを補足的に挙げておきます。一つ目は、補給した後、補給された他国の艦船が何をやっているかは相手さんの事情であり、日本は詳細を知りうる立場にないという「一の3について」の答弁についてです。そんなにオペレーションにかませてもらえない中、ただ給油しているのって本当にいいのかねと思います。補給した相手が何をやるか知らないというのは信頼関係に欠けるように思えてなりません。二つ目はちょっとマイナーな点なのですが、この答弁書では海上自衛隊が米軍等の艦船に行うのは「補給」という表現で統一されています。これは給油だけじゃなくて、水を提供したりしていることを含むためです。しかし、「二の5について」の答弁の最後では「『給油』支援は、諸外国の軍隊等が海上阻止活動を行うための不可欠の基盤であるとともに、どう活動に参加している諸外国の軍隊等の作戦効率の向上に大きく寄与しており」となっています。ここだけが「補給」じゃなく、より範囲の狭い「給油」なのです。では、給油以外の補給活動は「不可欠の基盤」ではなく、「大きく寄与」もしてないという認識なのかな、水だって海上では不可欠じゃないの?なんてことを思いますね(しつこいと思うかもしれませんが、お役所文書はそういうふうに読むものなのです)。


 思い入れが深いので長く書きました。分かりにくかったと思います。お詫びします。