テロ特措法という法律が今次国会の焦点になっています。インド洋でテロリスト掃討作戦に従事する同盟国の艦船に給油するための法律と世間一般的には言われています(法律の内容、実態共に本当は違うのですが)。新内閣の命運を揺るがす意味合いがあることは既に多くのメディアで報じられているとおりです。政府はテロ特措法の更新は諦めて、新しい法律を出そうとしているようです。この新しい法律について少し考えてみたいと思います。


 メディアで報じられている新法の内容はこんな感じだと言われています。
○ テロ特措法のうち給油活動だけに特化する。つまり、実は今のテロ特措法には「援助物資の輸送」や「避難民救援」といったものが入っているのですがそれを落とす。
○ これまで法律とは別に、別途国会承認(事後)の対象となる対応措置を作成し、具体的なオペレーションの内容は対応措置で決めていたがそれをすべて法律に取り込む。これによって対応措置の国会承認の手続を不要とし、国会の関与を一回にする。


 まあ、どちらも多分報道は正しいと思います。そういう方向性の法案が出てくるのだろうと思っていて間違いはないでしょう。ただ、これだけだと思っていると非常に重要なことを見落とします。実は上記のような点というのはあまり重要ではないのです(国会承認を軽視しているわけではありませんが)。法律の構成論や国内の政治の手続論ですから具体的なオペレーションに大きく影響しないのです。


 実は新法が上がってくる時によくよく注意したほうがいいと私が思うのは「法律名」と「第一条(目的)」の部分です。名は体を表すと言いますよね。法律名というのは時にその法律の意味合いを色濃く映し出すことがあります。今、「テロ特措法」と言われる法律の正式名称を諳んじて言える人は100人いないと思います。実は「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」という名前なんですね。精査すると分かりますが、まず何処にもアフガニスタンという言葉は出てきません。このクソ長い法律の一語一語に意味が込められています。「及び」より前の部分が長いのは、実はアメリカは当初アフガンに対する攻撃を自衛権の発動としていたため、「国際連合の活動に対して我が国が実施する措置」とは言えなかったので「国際連合憲章の目的達成のための諸外国の・・・」となっていることが主たる原因です。いずれにしても、ここの法律はハッキリとは言いませんがある程度(9/11のテロリストの首謀者と繋がっていたテロリストが隠れているとされる)アフガニスタンを念頭に置いているように読めるでしょう。「第一条(目的)」も同じです。長いので引用はしませんが、ある程度はアフガニスタンにいるとされるテロリストが主たる目的であるように読めます。


 しかし、以前も書いた ようにこの法律に基づく活動の大半はペルシャ湾の内部でやっているはずです。そしてその目的はイランやイラク対策でしょう。しかし、今、テロ特措法の正式名称や目的に体現されるような事態がイランやイラクで起こっているかというと、(少し争いはありますが)違うでしょう。そもそも、タリバーンやオサマ・ビン・ラーデンという人物が信じているイスラム観はどちらかと言うと「ネオ・イスラミズム」とでも呼ぶべきものであって、スンニー派の中でもマイナーなハンバリー学派(解釈学を排しコーランへの回帰を訴えた)とかワッハーブ派(サウジアラビアで信じられている)をベースに、「自分達の想像する」初期イスラムの社会(ムハンマドから第4代カリフ・アリーまでの神聖カリフと言われた時代)をこの世に新たに想像せんかのような新体制運動です。そういうコーランを読んで想像した社会を現代にユートピアとして再現しようという発想はイランやイラクにはありません。したがって、これらの国と9/11とのリンケージも全くありません。更にはイラクで起きているテロは純粋に国内的な要素が強く、国際的なテロリズムと形容するには無理があります。つまりはテロ特措法の正式名称や目的からイラン・イラクを監視するといったことに貢献していくという結論を導き出すのは相当に困難だと思います。


(ちなみに私は、中東情勢を語る外務官僚、防衛官僚はもう少しイスラム思想史を勉強したほうが良いと思います。政府筋から時折聞こえてくる明らかに的外れのイスラム観はとても残念です。西欧思想史に通じた人は多いんですけどね。)


 今次国会では、テロ特措法に基づきペルシャ湾でやっている給油活動が本当にテロ特措法で読めるようなものなのかが問題になるでしょう。とすると、新法ではイランやイラクを見張ろうとする米軍艦船への給油が読み込めるような法律の名称、法律の目的を考えてくるはずです。今のテロ特措法とは、正式名称も(「テロ特措法」という通称も)その目的も大幅に変わったものが出てくると見るべきです。今のメディア報道では「スリムアップして(対応措置の)国会承認を省く」ということだけでそれ以外のところはあまり変化がないかのように思ってしまいますが、それはとても浅薄な見方です。


 新法が出てきたらまずは正式名称と目的に注目してみてください。ペルシャ湾内部での給油活動を今より更に正当化することができる表現が何処かに入るはずです(政府は現行テロ特措法でもペルシャ湾での活動は正当化されているというのが公式見解でしょうが)。私なりに考えてみますが、うーん「中東の平和及び安定への貢献」とかなのかねぇ、それじゃあ範囲が広すぎるよな、そもそも「中東」というのが何処から何処までなのか、パキスタンは入らないだろうし、リビアやスーダンは入るんじゃないか、とかまあ想像は尽きません。地理的な要素を全く表現として入れずにやろうとすると、定性的な表現になるでしょうが、それは難しいような気もします。国連決議を引用しながらやるのかな・・・、非常に楽しみです。


 繰り返しますが、お役所の作るものは一語一語に何か意味があります。まどろっこしい、回りくどいところがあれば、それは意味があってやっているのです。もっと言えば「等」が付いていたら、この「等」には何が含まれるのだろうかというところまで気が回ればかなりの通です。そのしつこさがないとお役所文学には絶対に勝てません。