今、トルコという国が揺れています。


 一番大きいのは、エルドアン首相が大統領にイスラム色の強いギュル外相を据えたことですね。トルコというとイスラムの国だと思う人がいるかもしれませんが、あの国は世俗国家であると自己定義しています。国民の99%がイスラム教徒であっても、建前は宗教色のない世俗国家です。オスマン・トルコという国がイスラムのくびきから逃れられず近代発展に乗り遅れたというケマル・アタテュルクの思いが強く出ています。なので、少し前までは公的な場(国会とか)で女性がスカーフを被ったりすると批判されていました。今回もギュル外相が大統領になることについて議会は相当抵抗したようでしたが(大統領は議会による間接選挙)、結局、人気のあるエルドアンに押し切られた感じです。


 これまで世俗国家トルコの守護神と自負してきたのは軍です。軍はトルコの世俗性を守るために政治に介入してきたことが何度かあります。軍が非常に強くて、しかも何をやっているのかがよく分からないという不気味な存在なので、私は「夫人がスカーフを被っているギュルが大統領になることに相当妨害してくるのでは。」と思いましたが、表立ったあからさまな妨害はなかったように思います。就任後に、大統領が軍を視察した際おざなりに扱っていたという報道がありましたが、せいぜいその程度の抵抗に留まっているのは過去と比較すると異例と言えるかもしれません。国家元首をおざなりに扱える軍というのもなかなかのものですが。


 今後、トルコはイスラム色が強くなっていくのかなという見方もありますが、まあそうは単純ではないでしょう。国民の意識はイスラムへの傾倒の方向性もあるでしょうが、まあ世俗国家としての誇りは80年余の歩みで定着しているでしょう。そうそう弄れるものでもありません。今回はエルドアンとギュルという二人の人間関係が色濃く出た人事くらいの見方です、私は。トルコという国が世俗国家を捨てて、イスラム共和国になるという可能性はゼロです。そんなことになれば軍によるクーデターです。


 あともう一つ、トルコのEU加盟に向けて少し動きがありました。トルコのEU加盟反対の最先鋒だったサルコジ・フランス大統領がちょっとだけ軟化したような発言をしていました。就任直後は「プロセスを止めてやる」くらいのことを言っていましたが、最近の発言では、少なくとも現在行われている交渉を継続することには反対しないそうです。


 トルコとEUの交渉はテーマ毎にやっていて、サルコジが言ったことは「EU加盟を前提としないテーマであれば交渉してくれて構わない。後はEUの将来を考える賢人会議を設立して、EUは何処まで拡大するのか、その境界はどこかについて議論しようじゃないか」というふうに要約できます。実際にはちゃんと今後ともEU加盟反対と言えるだけのヘッジをかけているので、あまり具体的な前進とはいえないのかもしれませんが、トーンが変わるだけでも相当に雰囲気が違います。具体的には農業、地域政策、欧州市民権、欧州の諸制度、統一通貨制度といったEU加盟が前提になるものについては議論を開始することに反対だけど、それ以外であれば柔軟に考えるようです。


 最終的にはサルコジ大統領は、トルコと特別な関係を築くことまでは良いがEU加盟は罷りならんというのがホンネでしょう。ただ、既にフランス議会がトルコによるアルメニア人虐殺を認める法を可決したりして関係が悪くなり、アフガンに派遣するフランス軍機の上空通過を拒絶されている中、更に加盟問題でトルコとガチンコをやるのは得策でないと判断したのでしょう。メッセージだけでも融和姿勢を示したということですかね。


 日本からだと注目度が下がりますが、欧州だとトルコというのは新聞の一面を飾るくらいのインパクトがあります。そして見ていると、とても面白い国ですね。私は好きです。