参議院選で久しぶりに農政に焦点が当たりました。「緒方さんは政治を目指すに際して何をやりたいですか?」と訊かれたら、必ず「外交だとお思いでしょうが、実は農政です」と答えることにしているので、こういう流れはとても歓迎しています。


 ただ、今、何が論点になっているのかについては必ずしも正しい理解が得られているとは思えません。「固定支払い」、「所得保障」、色々な文字がメディアに躍りますが、それが何を意味していてどういう含意があるのかということは理解されていないように思います。また、マスコミにでてくる政治家の人達も「うーん、ちょっとピンぼけかも」と思うことが多いです。ちょっと解説します。


 実は今、議論になっていることの背景にはWTO農業協定があるのです。WTO農業協定では補助金の分類がされていて、まず輸出補助金(輸出すればする程補助金がもらえる制度)は貿易を著しく害するということで基本的に撤廃していこうということになっています。これは日本は出していません。それ以外の補助金については、生産や価格に直結していて生産を促進するような補助金は減らしていきましょう、生産を促進する効果が低い補助金については出してもOKですよ、ということになっています。生産を促進するような補助金というのは、例えば1キロ生産したら10円補助金を付けましょうというものや、価格がどんなに下がっても一定の価格を保障しますというものが該当します。逆に補助金を出しても、どんなに生産しても補助金の額が一定であればそれはOKということになっています。これを「固定支払い」と呼んでいます。これが今回の議論の背景にあります。


 今、政府が実施している政策は「(農業の)担い手」になったら固定支払いで補助金を出しますよということです(生産促進的なものもありますが、主眼は固定支払いです)。ある程度大規模化を実現した農家が「担い手」として認定されます。ここで出される補助金というのは「過去の」生産実績に基づいて算定されるものですので、制度ができた後にどんなに頑張って生産を増やしても補助金の額は増えません。そういう意味で、この補助金はWTO農業協定上は生産を促進する効果が非常に限定的ということで削減する必要がないものです。まあ、お金に色はないので農家は補助金を貰えば、それが固定支払いであっても生産しようと頑張るんじゃないの?という議論はここでは通用しません。


 逆に民主党が主張しているのは、戸別所得保障というものです。これは「担い手」になるかどうかといったこととは無関係に、農家毎に農作物の価格保障等を通じて一定の所得を保障しましょうということです。これはWTO協定上は削減対象になる可能性が非常に高いものです(制度化の手法次第では削減対象にならない可能性もあると思います。)。


 こういうWTO協定をめぐる、与野党の思想の違いが最も如実に出ているのが農業分野なのです。現在の政府の「担い手」の政策は農家の方にあまり評判がよくありません。実は「担い手」になるのはそんなに難しいことじゃないんです。個人で大規模化を実現するのが最も分かりやすいのですが、それは簡単ではないので「集落営農」に参加すればいいことになっています。この集落営農に参加するためには、皆で計画を定めたり、経理を一元化するだけでいいのです。障壁は低いのですが、それでも現在までに集落営農に統合された農家の方の割合は3割程度ではなかったかと記憶しています。制度の周知化が進んでいないということもあるのでしょうが、私は別の理由があると思っています。それは「実はこの制度、農家の方のプライドに障っているのではないか」ということがあります。つまり、農村地域でこれまで自分の手で立ち上げてきた農地をあたかも「大規模化しないとやっていけないんだから集落営農に加わりなさい。お金出してあげるから。」という感じで誘い込んでいるかのように受け止められたんじゃないかと思ったりします。一般論になりますが、農村地域というのは人間関係が非常に濃密で、その一方でお隣さんへの対抗意識とかもかなり強烈です。簡単に「経理を一元化」と言うのですが、他人に自分の稼ぎを知られてしまうということへの抵抗感は農村地域では強いです。「お金出しますから大規模化の方向を向いてください」というのは、農村地域の底流に流れる微妙な意識を十分考慮したのかなと思わなくもありません。


 あと、もう一点。よく「戸別所得保障はWTO協定違反だ。すぐにWTOでダメだしが出る。」と言う議論をする人がいます。ちょっと農政について詳しい人ほどそういう議論をします。もっともらしいのですが、必ずしも正しくはありません。生産を促進するような補助金は、WTO農業協定で「禁止」されているわけではないのです。単に「削減しましょう」というだけです。では、今、日本はWTO農業協定でどれくらいの補助金を出すことが認められているのでしょうか。これはちょっと複雑な理屈があるのですが、非常にザックリ言うと4兆円です。その一方で現在、日本が実際に出している補助金は6000億円くらいのはずです。3兆円以上の「貯め」があります。仮に今のドーハ・ラウンド交渉で補助金の上限額を7割削減することで合意した場合であっても、4兆円の7割減ですから1兆2千億円が上限額になります。現在の倍近く補助金を出すことが認められるという算段になりますね。なお、私は別に「上限額まで補助金を積み上げろ」というつもりはなく、単に「戸別所得補償がWTO協定違反というのは必ずしも正しくない」ということを説明しているだけです。


 ここまでだと書くとあまり面白くもないので、農政についてもう少し思うところを後日書きます。