参議院で与野党が逆転しました。これで何が変わるかということについて少し考えてみました。


 威勢の良い方は「衆議院から来た法案は全部突き返せ」みたいなことを言います。そんな愚かなことをしていたら次は郵政解散以上の大敗北を喫することは火を見るより明らかですから、野党がそんなことをするはずもありません。「法案を参議院で審議未了にしてどんどん廃案にしていく」というのはもう少し筋がいいですが、それとて国民の目から見て先延ばし戦略があまりにミエミエですので常に採用できる策ではないように思います。ましてや、「議長が本会議のベルを鳴らさない」といった案を喧伝する人に至っては夢物語と言わざるを得ません。これまで議長に対して「公平な議事運営を」と言っていた以上、議長を取ったら党派色の強い議事運営をしろとは言えません。


 どれもこれも「法案の内容次第で是々非々の対応。法案の出来があまりに悪い時は上記のような選択肢も取らざるを得ないという局面がありうる。」くらいの考え方でいいでしょう。まあ、「廃案にされうる」、「衆議院に戻ってくる」という可能性があるだけでも政権与党には相当の緊張感が生じるでしょうし、それはとても良いことです。少なくとも先の通常国会の時のような横暴はないでしょう。


 実は本当にインパクトのある話は、マスコミ受けしそうな上記のような話ではありません。一部マスコミで語られて始めていましたが、大きいのは国政調査権の行使になると見ています。これは、日本国憲法第62条に規定があります。


「両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」


 これは参議院単独で行使する権利で、具体的には議院証言法(証人喚問)、国会法(記録・報告の提出)、参議院規則(参考人招致)の中で具体化されています。これらは参議院の委員会から求めることができます。これまでは証人喚問や参考人招致は相当世論の注目を集めたケースばかりで、政治家が喚問される時は与党としても「これはしょうがない」と思えるような時だけです(KSDの村上正邦元労相、外務省問題での鈴木宗男議員等)。また、記録・報告の提出であっても、実はこれまでの国会審議で、野党議員が何度も政府側に資料提出を求めていたのですが、大体において与党出身の委員長が「理事会で協議します」と引き取って、与党が多数を占める理事会で握りつぶされるケースばかりだったのです。


 しかし、これからはそうは行きません。証人喚問、参考人招致、記録・報告の提出要求がどんどん参議院から出てくるでしょう。その中でも実は一番シブい手法だけど一番効くのは、国会法に基づく記録・報告の提出です。証人喚問や参考人招致は華々しいのですが、相当に上手くやらないとそれ程新しい事実を出せないのです。ヒューザーの小嶋社長であっても、証人喚問ではそれ程の証言は出てきませんでした。しかし、資料は紙で出てきますからその効果たるや如実です。しかも、下記にあるとおり手続きが厳格に決まっていて、資料提出を政府が断るときはかなり大っぴらに、しかも理由を「声明」というかたちで付して断らなくてはならなくなります。


【国会法第104条】
第104条 各議院又は各議院の委員会から審査又は調査のため、内閣、官公署その他に対し、必要な報告又は記録の提出を求めたときは、その求めに応じなければならない。
2 内閣又は官公署が前項の求めに応じないときは、その理由を疎明しなければならない。その理由をその議院又は委員会において受諾し得る場合には、内閣又は官公署は、その報告又は記録の提出をする必要がない。
3 前項の理由を受諾することができない場合は、その議院又は委員会は、更にその報告又は記録の提出が国家の重大な利益に悪影響を及ぼす旨の内閣の声明を要求することができる。その声明があつた場合は、内閣又は官公署は、その報告又は記録の提出をする必要がない。
4 前項の要求後10日以内に、内閣がその声明を出さないときは、内閣又は官公署は、先に求められた報告又は記録の提出をしなければならない。


 では、これを具体的な案件に即して説明したいと思います。おそらく最初に鍵となるのはテロ特措法ですね。これはインド洋で9.11のテロとの関係でテロリストを監視する活動をする各国軍の後方支援をする、具体的には洋上で給油をする活動を認める法律です。次の臨時国会でこの法律の延長をするための法律が上程されるのですが、野党はこれに反対をしています。


 まあ、私が思うにアフガニスタンのテロリストがインド洋に逃げてくるという考え方自体に無理がありますね。私はタリバーンに少し知り合いがいましたし、ムジャヒディーンにも何度かあったことがありますが逃げてきませんよ、そんなところには。そもそも、インド洋にいる米軍等の目的はそういうところにはないはずです。イラン、イラク、ペルシャ湾岸地域の監視+インド洋から(パキスタン領空を経て)アフガン南部への出撃が目的のはずです。多分、私が想像するに給油活動の大半はペルシャ湾内か、インド洋であってもホルムズ海峡に相当近いところでやっているはずです。日本国内では、アフガニスタンでのテロ活動対策ということでやっていると言われていることから、パキスタンのバルチスターン州沖あたりでやっているのだろうと漠然と思われていますが、多分実態は相当に違うと見ています。


 今、イラクがあれだけゴタゴタしている以上、テロ特措法の給油活動の対象主体は事実上はイラク向けの艦船になっているでしょう。それを検証するためには、テロ特措法の審議で2つのことが明らかになれば大体OKです。一つ目は「これまでの実績」、どれくらいのテロリスト捕捉が実現しているのか、アメリカは早々数字を出さないでしょうけどしっかりとここは押さえる必要があります。そして、2つ目は「何処で給油しているのか」、地図にプロットしてくれればいいわけです。これで目に見えて明らかにペルシャ湾内だったり、ホルムズ海峡付近、基地となっているインド洋のディエゴ・ガルシア島からホルムズ海峡への航路上が多かったりすると、その目的がバレバレになります。特に2つ目の「何処で給油しているか」は日本が持っている情報ですので、日本政府の意思決定で出せるものです(1つ目はアメリカが出さないと言えば出てこない類の情報)。


 こういったことを、テロ特措法を審議している参議院外交防衛委員会からの記録・報告請求で聴取していけばいいわけです。少なくとも多数を持っている以上は委員会又は参議院からの請求自体は政府に到達します(これまでは請求自体がなされてこなかった。)。これを断るためには「国家の重大な利益に悪影響を及ぼす旨の内閣の声明」が必要になります。何処で給油しているかということと、給油してもらった米軍等の艦船が何処で活動しているかというのは別ですので、給油地の情報開示そのものが国家の重大利益に悪影響と言えるかどうかは微妙です。それでも、仮に内閣から情報開示が拒否された時は、2つのタマを打ち込むことができるでしょう。一つ目は「直近の情報については出さなくて良い。活動開始から1年前までの給油地を出せ。」と言ってみることです。1年前に何をやっていたかまでが国家の重大利益に悪影響を及ぼすかというと更に議論がありうるでしょう。二つ目は「秘密会で情報開示をやろう」ということです。国会法では「秘密会」という制度があります。これは出席した議員等に厳格な保秘が求められます。漏らすと罰則があります(多分、その倫理観の欠如を責められて事実上議員職を失うでしょう。)。これまでは秘密会も殆ど開催されませんでしたが、野党側から「自分達『だけ』にも伝えられないのか?自分達は漏らしたら議員職を失うだけのリスクを負ってまで秘密会をやろうと言っているのにそれもダメか?」と言われると更に政府は苦しくなります。


 政府はこの情報を出すのを嫌がりますね。「アフガンのテロが目的だと思っていたら、目的外使用されているではないか」なんて言われると、テロ特措法の存在意義自体が否定されます。ただ、実はテロ特措法の中には、必ずしもアフガニスタンが対象となっているとは書いていないのです。この法律の目的は「2001.9.11にアメリカ合衆国において発生したテロ攻撃が国連安保理決議において国際の平和及び安全に対する脅威と認められたことを踏まえ、(中略)我が国が国際的なテロリズムの防止及び根絶のための国際社会の取組に積極的かつ主体的に寄与するため、我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とする」ことであって、アフガニスタンのテロリストを引っ捕まえるためにやっているなんてことは書いてありません。だから、仮にイラクを対象とする米軍艦船であって、給油活動の大半もペルシャ湾やホルムズ海峡の近くでやっていても、それが9.11テロと関係があって、国際的なテロ撲滅のためのものであればそれはそれで正当化できるかもしれません。ただ、その場合はイラクが「国際的な」テロの脅威に晒されていることを証明しなくてはなりません。多分、その時にはこれまで政府が作り上げてきた理屈の世界がガタガタッと崩れるでしょう。今、イラク国内で起こっていることは比較的内政上の問題だと思うので、アル・カーイダ等との世界とは少し違うような気もしますし。これはなかなか苦しいです。


 これはテロ特措法の世界だけに限定して書きましたが、こうやってある程度正当化できる情報請求を正式なルートでガンガンにやっていけば、これまでの政府の論理矛盾がかなりの割合で露呈してくるでしょう。それを受けて、「そういういい加減なことをやってきた以上、この法案は認められない」と言って法案を否決して行く分には理屈は立ちやすくなります。単に「テロ特措法反対」と言うのでは、野党は「また、反対のための反対をしとる」と言われかねません。そうではなく、使えるツールを駆使して上手く持ち込むタクティクスが必要なんだろうなと感じます。


 まあ、この他にも参議院先議でどんどん法案を出して行き、衆議院に送っていくという方法があることも知っています。これも使い方次第です。あまりに現実味のない、特定の思い入れだけから成る法案を衆議院に送っていては、これまた「選挙目当てのポーズのために現実性のない法案を出している」と思われてはマイナスでしょうから。


 意外に長くなりました。結果としては超玄人向けの内容になってしまいました。しかし、こういうのが一番効くんですよね、少なくともお役所的には。仮に参議院から国会法に基づく情報請求が来たらと仮定して、自分が担当課の課長補佐だったら・・・、とてつもなく気が重くなりますからね。