1年くらい前に行われた、とある公務員労働組合が行った調査によると、東京・霞が関の中央官庁に勤める国家公務員月平均残業時間は39.1時間で、全体の10.3%は過労死の危険ラインとされる月80時間を超えていたそうです。


 「ふっふっふっ」と思わず不敵な笑いを浮かべてしまいました。自戒を込めながら、ちょっと残業自慢をします。私は1999年に外国から帰国してきて2005年まで外務省に勤めていましたが、月80時間を下回ったことは一度もなかったはずです。一番の記録は、今でも覚えていますが年末に月342時間というのがありました。これは「残業時間」であって、「総勤務時間」ではありません。総勤務時間は多分月500時間に近づいていたと思います。1ヶ月には24時間×30日で720時間しかありませんから、1ヶ月の大半を役所で過ごしていた計算になります。


 9.11テロ事件が起こった時からの4ヶ月は悲惨でした。まあ、普通だったら休日も毎日フルに出てもこの数字にはなりません。たしか正月休みの時期もフルに出たことが残業時間を嵩上げしたわけです(その日は平日だったら勤務時間にカウントされるものもすべて残業にカウントされる)。まあ、342時間ずっと働いていたかというと、完全に睡眠不足でぶっ潰れている時間も含まれていますが、8割5分くらいはフル稼働だったと思います。ちなみに私の前で働いていたTという男は、私を更に上回る378時間残業でした。彼はそれを機に完全に魔界に入ってしまい、体重が30キロ近く増えて変貌していきました。


 上記の話は、ある程度やむを得ない状況でしたが、それにしても中央官庁では「過労死、ドンと来い」くらいの勢いで残業している人がたくさんいます。私もそうでした。私は外国人に「毎日が『9 to 5』の生活よ。ただ、『5 in the morning』だからジェーン・フォンダやドリー・パートンとは違う。」とジョークを言ってあげるようにしていました。おじさんにはよくウケましたが同世代にはさっぱりでした。朝5時頃、朝もやの中の霞ヶ関は物悲しい雰囲気が漂います。似たような境遇の役所の若手が同じように役所から出てくるのを見ると変な同士意識も生まれるものです。「役所間の協議で何度も徹夜した」ということで、本来あまり関係が良くない他省庁の人との人間関係が醸成されるという変な経験もありました(農水、国交のような国内官庁にその傾向が強い)。


 しかし、自戒を込めに込めて言うとこういう残業はいけませんね。私は比較的頑健にできているので大丈夫でしたが、あれは長期的には身体を壊します。また、一番辛い時期になると、もう完全に塞ぎこんでしまいたくなります。勿論、精神を壊す人も出てきます。あまり注目されませんが、中央官庁では精神を壊す人の数が非常に多いのです。あえて数字は出しませんが、外務省はとても多かったです。まあ、その原因には仕事が過酷なだけでなく、「他人に関心のない人が多い」ということの方が大きな要素だと思いますが。


 日本の中央官庁にいる人はよく残業自慢をします。「オレはこんなに働いて頑張っているのだ」という自負の裏返しなのですが、普通に考えれば「自分の生産性が低い」ことを自慢しているようなものであまり誉められたものではありません。天下りを求める官僚の意識の源泉には「オレは安い給料であんなに働いていたのだ」という自負心のようなものが裏にあるのです。


 そして、そういう人程老後に自分の行き場が無くなります。私のいた外務省がそうでした。OBと名のつく爺さん達があれ程跋扈している職場は他にはないでしょう。大使経験者になると、引退しても外務省内では儀礼上「大使」と呼んでもらえ、一定の尊重を受けます。現役から見ると「いい加減、役所時代の栄光から離れて自立しなさい」と思うのですが、きっと行き場がないのだと思います。天下りする人達も同じです。残業のし過ぎで、いざ一般社会にほっぽり出されても行き場を見つける能力がないんですね。家では濡れ落ち葉族、地域コミュニティに行けば(自分が中央官僚だったことをひけらかす)ただの尊大なジジイにはお友達はできないでしょう。私は同僚や後輩に言っていました、「退官したら一切役所に近づかない人間になろうな。そして、そのための趣味や余暇を持とうな。」と。


 私の先輩で「仕事はバリバリやる」、「ただ、残業はしない」という姿勢を貫いている方がいました。非常に多忙な課にいましたが、たしかに就業時間が終わると帰っていました。その方と私とは人生観が違うところがあるのですが、その「仕事は仕事、プライベートはプライベート」という姿勢には感心しました。例外的な事態を除けば、それでやっていけるのだと思いますし、やっていくべきだと思うのですね。


 「早く帰らない人間には人事上のペナルティを与える」ということにしてみたらどうかね?と思います。遅くまで残るのが忠誠心の表れだと思っているうちはどんなに指示を出しても変わりません。「遅くまで残っている人間はダメ人間だ」というレッテルを制度化すれば変わるでしょう。お役人は「人事」に弱いですから、そういうルールを作ると、これまで「残る」方向に向いていたインセンティブが「帰る」方向に変わるでしょう。たしか伊吹氏が文部科学大臣時代に「さっさと帰れ」というお達しを文部科学省に出していました。それでいいんです、きっと。


 ただ、この残業文化の解消には2つの障害があります。「国会」と「財務省主計局」(と法令関係部局については「内閣法制局」)です。ちょっと長くなってきたのでこの辺りで止めますけど、ここらへんの意識が変わらないと中央官庁の残業自慢は無くならないでしょう。そして、その先にある「(夜を徹して頑張ってきたんだから)天下りして当然」という意識も。