先日、バナナについて取り上げましたが、今日は綿です。綿花というのは、大体にしてちょっと特殊な環境が必要です。カラッと乾燥しているんだけど、水が豊富にある地域が良いようです。雨が降ると商品としての質が下がるというのは容易に理解できるところです。


 私がこれまで行った国で壮大な綿花畑を見たのは、マリ、ウズベキスタン、トルクメニスタンです。マリという国は砂漠の気候なんですが、大河ニジェール川が流れています。上流には年間3000ミリ以上雨が降るギニアのフータ・ジャロン山脈があり、そこから大河が流れているというわけです。ニジェール川は西アフリカの多くの国を経て、最後はナイジェリアの辺りを河口として大西洋側に流れていきます。流域国は大体、綿花を作っています。結構良いものが取れるのですが、縫製技術がないせいか付加価値が低い中、安く買い叩かれていっているようです。


 ウズベキスタン、トルクメニスタンも大体同じです。パミール高原から流れてくる豊富な水を称えたアムダリア川(本当は「ダリア」が川を意味するので重複表現なのですが)流域では綿花ばかり作っています。ウズベキスタンの田舎をプラプラ歩いていたら、前から綿花積みを終えた若い女性の一群がやってきたので手を振ったら取り囲まれたのを思い出します。私は顔がバタ臭いので、バタ臭い顔が主流の国に行くと時折モテることがあるのです。そんなことはともかく、ウズベク、トルクメンの綿花栽培ですが、これには大量の水が必要となります。綿花は大量の灌漑用水が必要になるので、これらの国がガバガバ取水していたら、下流にあるアラル海にまで水が行かなくなってしまい枯れてしまったのですね。塩湖であるアラル海が枯れてしまうのみならず、塩分が浮き上がってきて、それが風で飛んで周辺の環境破壊にもなっています。殆ど崩壊状態のアラル海の原因は、タジク、ウズベク、トルクメン、カザフといった国が綿花栽培のための取水を止めなかったことにあると思いますね。かといって、どの国も自国経済の重要部分ですから、自分だけが自発的に取水制限することはありません。国際河川の管理というのは難しいと本当に思います。


 3年前からこの綿花が国際貿易ルールの中で注目されるようになっています。引き金を引いたのは(恐らくは)イギリスのNGOであるOxfamという団体です。この団体が裏でアフリカの綿花栽培国に働きかけをしたのだと思います。3年前にチャド、ベナン、ブルキナファソ、マリの4ヶ国がWTOで「自分達は綿花を作っているが、先進国が作る補助金ジャブジャブの綿花に駆逐されている。先進国が補助金を止めれば、自分達は綿花栽培で生計を立てていけるようになる。だから補助金を止めてくれ。」という提案をしたのです。これが大反響を巻き起こしました。一番影響を受けるのはアメリカです。補助金をジャブジャブ投入して、南部で綿花を栽培しています。そして輸出しています。EUはスペインとかギリシャとかで細々と綿花栽培をやっています。殆ど輸出はしていないのですが、補助金の水準だけを比較するとアメリカよりも遥かに高いです。EUが作っている農産品の中で競争力が低いものは、えてして地中海作物が多いです。綿花とか、タバコとかなんですけど、こういう農家は補助金削減への反対もこれまた強烈です。


 しかし、Oxfamという団体は頭いいなあと思います。どんなにNGOが先進国に農業補助金止めろと言っても、まあ欧米は屁とも思いません。「また、何か言っとる」、それくらいの感覚です。しかし、チャド、ベナン、ブルキナファソ、マリといった後発開発途上国から主張されてはたまらないでしょう。国際世論の反応も全然違うはずです。まあ、普通ならこういうアフリカ諸国が何かを主張する時はあまり内容が詰まってないことが多いのですが、このケースではヨーロッパの左翼系インテリが知性を結集させたものをそのままアフリカ4ヶ国提案として出しているわけですから手強いです。すべてのストーリーがきちんと描けていることには感嘆します。アメリカはおいそれと「綿花への補助金止めます」とは言えません。しかし、貧しいアフリカ諸国に「あんたが補助金出しているから、うちの綿花農家は貧乏しとるんだ。何とかせい。」と言われては何かをしなくちゃいかんでしょうね。


 ちなみに我が日本では殆ど綿花の栽培を行っていないので、この件に限定すれば無風状態です。しかし、こういうアプローチは、他の作物に波及する可能性が高いですね。私がOxfamなら次に狙うのは砂糖でしょう。砂糖というのは欧州もアメリカも保護水準が高いです。日本はもっと高いです。世界で最も砂糖の競争力があるのがブラジル、次がオーストラリアです。カリブやインド洋の島嶼国でも結構サトウキビのモノカルチャー経済は多いですね。私が一番最初に思い浮かべるのは、インド洋に浮かぶモーリシャスです。砂糖の補助金を止めて、こういう国の産業を支援しようじゃないかという動きへの反響は大きいでしょう。


 日本では北海道のビート(てんさい)と沖縄のサトウキビという2つの砂糖栽培ルートがあって、どちらもかなり保護水準が高いのです(補助金を、外国から輸入する砂糖への課徴金から捻出していたことが特徴的)。ただ、たしか沖縄については「農業」として砂糖を生産する体制を変えたのではなかったかと思います(間違えていたらすいません)。したがって、今は北海道のビートです。補助金すべて撤廃なんて言われるととんでもないことになります。


 綿製品、毎日の生活で必ず使います。例えば綿棒一つとっても色々な思惑があるんだよな、この綿は何処から輸入しているのだろうか、そんなことを思ったりします。