いつも自衛権の話を考える時に、気になることがあります。領海外で日本の船が、日本という国を襲うことを目的とする一環として襲撃された際に、日本の自衛隊(又は海上保安庁)が出て行けるのだろうかということです。具体的には海賊の話もあるでしょうし、もっと広い意味で日本人の生命、身体、財産が他国の行為によって危殆に瀕している多くのケースが考えられます。元々外務省在勤時に海賊に対する法制度についてあれこれと担当していたことがあるのですが、数年前にマラッカ海峡沖で襲撃された船舶の会社が北九州市若松区にあることも、関心を持つ理由です。


(注:「海賊」というのは国連海洋法条約上は定義がかなり限定的です。例えば、領海内で起こることは海賊行為とは言いません。あと、船舶内に潜んでいる賊が船舶を乗っ取ろうとする行為は厳密には海賊行為ではありません。以下ではそういうのはちょっと脇において書きたいと思います。)


 まず、他国の領海内で起こる船舶への襲撃行為についてですが、これも自衛権の対象にならないということはありません。ただ、これは例えば外国で日本人が外国で誘拐された時に陸自が救いにいけるかということとほぼ同義です。まあ、イスラエルがウガンダのエンテベでハイジャックされたエールフランス航空の乗客を救うために部隊を派遣し、それを国際社会が非難しなかったこともありました。この手の事件がすべからく自衛権の対象でないとは言えないとは思いますが、やっぱり外国の領土で武力を行使するわけですから日本の法制的には障壁は高いでしょう。ペルーの大使公邸占拠事件でも、日本が一定の権利(不可侵)を保持している大使公邸でも自衛隊を派遣することはありませんでしたよね。ただ、厳密に考えれば、日本人の自由が組織的に著しく侵害されている時にその侵害行為を解除するために、自衛権で何も出来ないと予め決め付けてしまうのも変な気がします。勿論、今の世の中は主権国家によって成り立っているので、相手の主権を害してまで自衛権が尊重されるということはありません。まあ法制度上は、自衛権の対象となると整理しつつも、他国の主権と競合する以上、実際の行使ができないということなのかなと思います。である以上、相手国の同意が得られる場合、そして破綻国家(日本人の安全に対してどう考えても責任を取れないような状態にある国家)である場合に本当に自衛権の対象から排除してしまうのが良いのかはよく議論したほうが良いと思います。


 ちなみに冒頭に書いたマラッカ海峡沖なのですが、殆どが領海に該当します(マラッカ海峡は、国連海洋法上の国際海峡ですらない)。ここで日本船舶が襲撃されたら、基本的には手が出せませんね。しかも、マラッカ海峡はマレーシア、インドネシア、シンガポールの領海が入り乱れていて複雑なんです。マレーシアの領海で襲われ、その賊がインドネシア領海内に逃げ込んだりすると始末に終えません。マレーシアやインドネシアは主権意識が強いので、自分の国で襲撃行為が起こったら「自分たちで解決する」という主張をします。ホンネでは「無理なんじゃないの?」と思わなくもないですが、こればかりは「それを言っちゃあおしまいよ」の世界です。


 ただ、これが公海上の船舶への組織的な襲撃であれば、自衛権の対象とすることへの障壁はもっと低いはずです。現在はそのための国内法整備は行われていません。他国の排他的経済水域でも、国連海洋法条約でその国に認められる主権的権利等を侵害しない限りにおいて、自衛権の対象として検討することはできるはずです。公海というのはどの国の主権にも属しない場所ですから、そこは相当程度法制度上は自由に考えることが出来るはずです。


 まあ、ちょっと被害を受けただけで自衛隊が出て行くというのは常軌を逸していますし(比例性の原則)、他の方法で解決できるのであればそういう解決を追求するべき(急迫性の原則)だと思います。これは通常の自衛権の議論と同じです。地球の裏にあるアルゼンチン沖の公海で日本船舶が組織的に襲われている時に自衛隊が出て行くというのも「どうかな?」という気がします。近海だったら海上保安庁と海上自衛隊、どちらが良いのかなという論点もあります。ただ、いずれにせよ公海上で組織的に(それが他国によるものでなくても)日本の船舶が襲撃されているのであれば、それを救いに行くための法制度整備はやってもいいんじゃないかなと思います。それは個別的自衛権(以前書いたようにあまり好きな分類ではないんですが)の範囲内で考え得る話です。


 集団的自衛権の話で盛り上がるのも良いですけど、まずは日本の国民を守るために今、日本政府は最大限の措置を講じているかというと、こと本件に関してはそうとも言えないわけです。マラッカ海峡で襲撃された船舶の会社が身近に所在しているので、こういう議論が盛り上がらないかなと期待しています。