WTOドーハラウンド交渉が頓挫しかかっています。先日、アメリカ、EU、インド、ブラジルで構成するG4と言われるグループでの交渉が決裂しました。簡単に構図を説明すると、途上国の工業品の市場をもっと開けろと主張する米、EUと、先進国は農産品への補助金を減らせというインド、ブラジルということです。色々な見方があるでしょうが、日本は完全に外されています。同じく外されて怒っていたオーストラリアと共に押しかけようとしましたが、その前に決裂してしまいました。


 何故、日本が外されているかと言うと「どうせ、同じことしか言わない」と思われているからです。特に農業では「日本は『関税下げたくない、補助金は今のままで』と言うんでしょ。分かっているから来なくていいよ。」と思われているんですね。以前も書きましたが、もっと日本文化に精通した人になると「自分から譲歩するようなことは一切言えないから、最後は全く別のところで決まった話を押し付けられたかたちにしてほしいんでしょ。分かっているから、じっとしてなさい。最後はスパッと押し切ってあげるから。」と思っていることでしょう。更に良くないのは、アメリカはシュワブ通商代表、EUはマンデルソン貿易担当委員、インドはナート商工相、ブラジルはアモリン外相とそれなりに全権を持って話せる人間を出しているのに、日本からは甘利経産相と赤城農水相のプレゼンスを求めるということです。「建設的な貢献はあまりなく」、「しかも誰も国全体を代表していない」・・・、まあこれだけの要素が揃えば外されて当然でしょう。


 こうやって、WTO交渉が頓挫しかかっている中、日本、特に農林水産省は「あー、良かった。このまま(少なくとも自分が担当幹部であるうちは)交渉は纏まらなければ良いのに。」と思っています。まあ、纏まると農水族議員にボコボコにされてしまうので気持ちはとてもよく分かるのですが。そして、それ以外のアクター(経済産業省や産業界)は「自分達は妥結を願っているけど、まあ、うちは農林水産省が固いから仕方ないか。」と半分くらい諦めモードです。日本の政治ではすぐにスケープゴートをお役所に求めます。「こんなに譲歩してきてバカもん!!」と怒鳴りつける、その役所を怒鳴りつける姿が自分の選挙区の関係者に見えていれば尚更良い、そういうことなんですね。しかし、そういう政治家ほどアメリカの交渉担当官とかと会うと、きついことなど一言も言わず、一緒に写真に移って帰ってくる、そしてその写真に「アメリカの農業関係者と交渉してきました」みたいなコメントをつけて自分の選挙区でばら撒く、非常に内弁慶なのです。ああいう内向きにしか威張れない、怒鳴れない政治家をバックに戦わされるお役所って辛いよなといつも感じていました。


 今、交渉のテーブルに乗っている提案の中で、日本が積極的に貢献したことは全くと言っていいほど残っていません(せいぜいダンピングや紛争解決の話くらい)。つまり、これまで色々頑張ってきたにもかかわらず、日本は交渉進展のためにはネガティブ・コメント(人の提案に反対する)でしか関与しきれていないとすら言えるような気がします。農業では日本の当初提案は1つもまともに残っていませんし、日本の強みであるはずの工業品の分野でも全然ダメですね。日本のやり方が悪いのは、これだけ大きな国になったのに自国の利益だけしか考えていないことが露骨に出る提案しかしないからです。「おー、日本は世界貿易発展のために汗をかいとるのー」とは誰も思わないでしょう。アメリカやEUも勿論自国利益推進が表に出ますが、何処かに「普遍的利益」を打ち出そうという意図を感じます。


 今、日本が取るべき選択肢は二つあります。徹底して今の「役立たず」戦略を続けるというのが第一です。これはある意味楽です。ダメ出しをひたすら続けるというものです。その間にも交渉は進み、最後に「(自分の意見は殆ど取り入れられないまま)こういうことになりました!」と開き直ることになります。まあ、それはそれで良いような気もします。もう一つは、こうやって交渉モメンタムが下がってる今だからこそ、日本が交渉全体を纏めるパッケージを作って出すということです。「あの殆ど有益な貢献をしない日本が建設的なものを出してきた」となれば、相当にインパクトがあるでしょう。それを実現するためには、幾つか必要な条件があります。

1. 日本の利益をあまり前面に出さない。
2. 関係している国すべてが「ちょこっと痛い」と思わせる。
3. 提示して最初のコメントで「日本提案に賛成」という国が出てこないようにする。


 最初からいずれかの国が「これは良い」というような提案はダメな提案なのです。「このオレが血流してまで提案しとるのだ。おまえも納得しろ。」ということですね。ゴリゴリの固い人間だからこそ纏まることがある、そういう役割を担えるのはこれまでゴリゴリで役立たずだった日本だと思うのですが。


 まあ、普通に考えればこの作業は多分無理です。「少しくらい日本が痛くても、それでも世界全体のことを考えれば纏めるのだ。」と言える人がいないのです。松岡農水相が亡くなったのは痛いですね。あの方は農水族の超強硬派だったのですが、その一方で「頭は良い」、「言えば分かる」、「納得すれば後は早い」という面がありました。単に怒鳴り散らすだけの農水族ではありませんでした。怒鳴っている時は常に「落とし所」を見ながらやっていました(その落とし所が時に利権確保だったのですが)。ああいう纏める力のある人がいなくなったことは残念です。


 ここまでWTOの場で悪評プンプンの日本、ちょっとくらい前向きな貢献ができるように頑張ってほしいですけどね。