近く引退する英国のブレア首相が、欧州連合の大統領になるという話がファイナンシャル・タイムズ紙にありました。フランスのサルコジ新大統領が、ブレア欧州大統領実現のためにEU各国に働きかけているということのようです。まあ、欧州憲法条約が最終的に成立するのはもうちょっと先でしょうから、すぐにどうこうなるということではありませんが、まあ、そういう動きがあることは多分事実でしょう。


 このニュースを聞いた時、私はピンッと来たことがありました。サルコジが大統領に選出された時、実はブレアはメディアを通じて「フランス語で」お祝いの言葉をサルコジに伝えたのですね。その映像はこれ です。非常に英語訛りの強いフランス語ですが十分に理解できます。これだけできれば「フランコフォン(フランス語を話せる人)」と言って差し支えないでしょう。たしか私の記憶が正しければ、2002年にシラクが大統領に再選された時にこういうフランス語メッセージはなかったように思いますので、ちょっと異例だなあと感じました。


 何となく、私はこのブレアからのフランス語メッセージと、ブレアの欧州大統領に対するサルコジの支持というのは何処かで繋がっているのではないかと思うのです。首相退任後にも栄誉あるポストを求めたブレアが自発的にサルコジに秋波を送ったのか、イラク戦争関係でフランスでは必ずしも評判がよくないブレアを欧州大統領に推すための材料としてサルコジが求めたのか・・・、色々な想像が頭を駆け巡りますが、いずれにしてもこのフランス語メッセージは重要な意味合いを有していたはずです。元々、ブレアとサルコジは仲が良かったので、その辺りの意思伝達は比較的上手く行っていたはずです。


 実はフランスではブレア首相というと「フランス語が出来る」というイメージがかなりあります。私もフランス人から「Mais il parle le francais!!(彼はフランス語を話すんだよ!)」と親近感を持つかたちで説明されたことがあります。もうその瞬間から「彼とは何処かで分かり合える」くらいの誤解を平気でします。私もちょこっとだけフランス語が出来るために、ケベック出身カナダ人と仲良くなり国際会議で得をしたことがありました。ロシア語を学んだ友人曰く「ロシア人はちょっとしかロシア語が出来ない外国人に冷淡だ。鼻であしらわれる。」と嘆いていました。これこそ国民性の違いなんでしょう。


 我々の感覚では大したことないように思うかもしれませんが、フランスにとってはこの上ない重要な要素になります。まずもって、欧州大統領になろうという人間がフランス語が出来ないなんていうことはあり得ないと思っています。欧州大統領だけでなく、有力な国際機関の長になろうという人間なら当然フランス語くらいできなきゃいかんという意識が強いですね。コフィ・アナンが国連事務総長に選出されようとする時、最後までコート・ジボワールのアマラ・エシー外相を推しつづけて拒み続けようのはフランスでした(安保理で14対1になるまで戦った)。まあ、その時はアメリカ主導で、フランス語の上手な可愛い事務総長ブトロス・ブトロス・ガリを引き摺り下ろされたことへの意趣返しもあったのですが、フランスがコフィ・アナンに難色を示した理由として掲げたのは「フランス語が出来ない」ということでした。最後はコフィ・アナンで合意する一方で、フランスは引き摺り下ろされたブトロス・ブトロス・ガリをフランス語圏の国際機関OIF(Organisation Internationale de la Francophonie)のトップに据えて面倒を見ました。


 日本人が国際機関の長になろうと選挙活動をする際に苦労するのがフランス語です。私も何人か頑張っている人を見ました。スピーチの前半3分の1だけをフランス語でやるとかして、「私はある程度フランス語もできますよ」とアピールしていた人もいました(その方は首尾よく国際機関の長になりました)。同じ国連公用語でもスペイン人、アラブ人、ロシア人、中国人はそういうことは言いませんから、フランスの特異性がとてもクローズアップされます(将来、中国人が似たようなことを言い始めるんじゃないかという懸念に似た感情が私にはありますが)。欧州の中で最有力なドイツも「ドイツ語が出来ない人間は欧州のリーダーになるべきではない」なんてことは言いません。


 歴代欧州委員会委員長はすべからくフランス語が出来ました。最近ではドロール(仏)、サンテール(ルクセンブルグ)は当たり前としても、プローディ(伊)、バローゾ(葡)(現職)もなかなか小気味のいいフランス語を話します。しかも、フランスが図々しいのは、今、欧州委員会に出している欧州委員ジャック・バローはフランス語しかできないのです。つまりはこれだけ欧州の中でも英語が事実上の公用語になってきている中、英語が全くできないおじさんを委員(閣僚みたいなもの)として出すその図々しい神経、ちょっと我々の感覚からは想像が出来ません。多分、バローの下で働く欧州官僚は辛いだろうなと同情の念を禁じ得ません。


 そういう自国語に異常なまでの拘りを持つフランスをまずは懐柔したブレア、あとは欧州憲法をもう少しスリムにして、各国での国民投票で何とか通せば晴れて欧州大統領です。その裏には実はメディアを通じた渋いやり取りがあったに違いないと私は踏んでいます。