先般、与党自由民主党が「外交力強化へのアクション・プラン10 」というのを出しました。折角ですからよく読んでみました。感想は「でき過ぎ」という言葉に纏められます。麻生大臣の肝いりという面が無きにしも非ずですが、この文書は外務省がやってほしいことのショッピング・リスト化しています。政党の文書ということになっているものの、多分、事実上外務官僚が相当に書いたと見ていいでしょう。自分達がやりたい(けども独力では実現できない)ことを政治家の力を借りて押し進めて行くやり方だと思います。あまりやり過ぎると色々なところからしっぺ返しが来るよ、ただのランチは存在しないんだよ、そんな気持ちになるくらい外務省にとって「ほぼ満点」の文書です。


 テーマは広範に亘るのですべてを網羅することはせず、特に思ったことを書いておきます。少し組織内の機微なテーマにも触れますが、国家公務員法の「守秘義務」に反するようなものは避けたつもりです。


● 一種職員はもうちょっと途上国に行ったほうが良い。
 大使館を増やそう、人員を増やそうと威勢が良いですが、そこで増える大使館はすべて途上国です。そして環境が厳しい地域が自ずと増えてきます。折角増やすのですから、一種職員(キャリアと呼ばれる人達)は是非厳しい途上国に行くことを義務付けてほしいですね。幹部になりたければ、必ず一定以上の厳しい途上国勤務をすべしといったルール作りでもすればいいのです。
 外務省という組織の中にはある「溝」があるように思いました。それは「一種職員は良い思いをしおって」という声なき声です。外国に住むなら環境の楽なところがいいと大半の人は思うでしょう(そういう志向を持たない偏屈が私の周りには多かったですが。)。しかし、一種職員でない大半の職員は否が応でも厳しい途上国と先進国を交代で回るのが常です。あくまでも一般論ですが、一種職員はそうでないことの方が多いですね。そもそも、あえて列挙することはしませんが、アフリカや中南米、中東にある一種職員用のポストは本当に限られています(除く大使)。私の上司でも1回も途上国勤務を経験しないまま、外務省幹部になっていった人がかなりいました。しかも、一種職員はタイ、マレーシアのような既に途上国からほぼ離陸した国での勤務を平気で途上国勤務にカウントします。
 つまりは一種職員とそれ以外の職員との間で経験が共有できてないのです。皆「途上国に行くのは嫌だ」とは言いません。しかし「何故、自分達だけが」という思いを持っています。「厳しい途上国勤務になることが不満なんじゃない。その経験を共有できてないことが不満なのだ。」、その声が聞こえている一種職員はあまりいません。そういう中、昔、官房長(事務方ナンバー2で役所の総元締め)を経験した後、「自分は官房長として多くの職員をその意に反して厳しい途上国に行くように指示を出した。だから、自分も厳しい途上国で勤務するのだ。」と言って、とある後発開発途上国に自分で大使に転出した方がいました。私はその方と直接の面識はありませんでしたが、心の中で「かくあるべし」と尊敬していました。
 国連安全保障理事会で話されるテーマの8割はアフリカです。G8サミットの主要テーマの1つはアフリカです。しかし、外務省でアフリカ通の幹部と言うともう限定的です。これだけ中東が盛り上がっても、中東勤務経験のある一種職員など少数派です。ある会議でアフリカを議題とする際、そこにいた幹部すべてがアフリカ経験なしで上滑った議論をしていたのを聞いた時には「ダメだ、こりゃ。」と思ったものです。
 いずれにしても、今のような状態が続くとあの組織の中にある越え難い乖離は埋まらず、いつの日か第二のマー君、第三のマー君が産まれてきます(煙に巻くようですがマー君の苗字は「シュガー」です。)。


● 外部からの大使登用の成否は微妙。
 外務省に何か不祥事があると、すぐに「大使の外部からの登用」というテーマが上がります。総論としてとても賛成なのですが、中を見てみると「うーん」というケースが散見されてしまい、「そう簡単ではないな」という気になります。
 まず、民間企業で幹部をやっているような人からすると「確実に収入が下がる」のですね。だからといって大使給与を上げろと言うつもりは毛頭ありませんが、まあ民間企業で幹部としてバリバリやっている方に大使として来てもらうのは無理じゃないかなと思います。そういったこともあったのでしょう、他省庁のお役人とか大学教授とか、そういった方がこれまでは多かったです。
 しかも、ポリティカル・アポインティーの方の中には時折「言葉が出来ない」人がいるのです。某閣僚経験者大使は英語が怪しいため、いつも大使公邸に日本人ばかり呼んで会食をしている食生活が昔、雑誌で取り上げられてました。今度、選挙に出るらしい某補佐官(元大使)も言葉が殆ど出来ませんでしたね。この方の著書を読むと現地で非常に活躍したように見えますが、実態は「文章、お上手ですね。」と皮肉の一つも口から出したくなるところです。しかも、ご主人の後援会活動に部下を動員してましたし(なお、私は大使退任後の種々の活躍を否定する意図は毛頭ありません。)。国際関係論を専門としていたため言葉はよく出来るけど、自分の大使としての活動成果を伝えるベクトルが総理官邸のほうばかり向いていた大学教授出身の大使もいました(猟官活動が功を奏してか、その後大臣になりましたね。)。
 とどのところ、給料も最近カットされて大企業幹部と比すれば高くなく(それでも高給取りですよ、勿論)、政治任用の場合、言葉ができない方がいることに鑑みれば、外部の方を登用することが常に功を奏するわけではない、特に政治的野心を有している人は要注意、ただそれだけのことです。


● ODAの増額は必要か?
 出せるに越したことはないのでしょうが、今の財政状況を考えればホイホイと外国にばら撒くのは相当に要注意です。幾つかに分けて書きます。
(1)日本は優等生
 外国、特に欧州諸国は威勢は非常にいいです。金額も簡単に日本を上回るものを約束します。ただ、彼らは必ずしもすべてを実行しないのですね。約束した額ばかりがクローズアップされるので、約束した額すべてを実施する日本は少しコマーシャル戦略上バカを見るのです。
 あと、私はからくりはよく分からなかったのですが、日本の援助はどんどんアンタイド(日本企業受注が約束されない)化を迫られていました。国際的な趨勢ということで、日本の援助で欧米の企業が結構潤っていました。しかし、私はフランスの援助で日本企業が潤った話を寡聞にして聞いたことがありません。途上国の人と話すと「日本の援助は良い。アンタイドだからだ。それに比べEUは・・・。」と良く言われました。日本だけがお人よしなのではないでしょうか、実は。
(2)対中円借款がなくなれば・・・
 その分は別の援助に回せるわけですから、対中円借款を止めることで予算が浮くはずです。それを別の使途に回せば良いのではないでしょうか。対中円借款はかなりの額でしたから、それを例えばすべてアフリカに向けるだけで(そんなことは無理ですけど)とてつもない増額になるはずです。
(3)出しても出さなくても・・・
 日本外交は幻想から抜け出さなくてはなりません。「ODAで安保理常任理事国の椅子は買えない」のですね。日本・インド・ブラジル・ドイツの安保理拡大のためのG4提案にアジアで共同提案国になったのはたしかブータンだけだったように記憶しています(違うかもしれませんが)。アフリカも乗ってはくれませんでした。やっぱり「それはそれ、これはこれ」の世界なんですね。勿論、途上国に良好な日本イメージを持ってもらうことは必要ですが、何処まで行っても「それはそれ、これはこれ」なんです。
(4)JICAの体質も変わるべき。
 国際協力機構(JICA)というと、さも高邁な精神を持った方が私心を持たずにやっているかのように思うでしょう。その実は「役所以上に役所臭い組織」です。「the 官僚」だった私が閉口したくらいですから相当なものです。「学歴が高くて気位も高い(ので業者やコンサルに威張り散らす)」、「そしてアンチ・エスタブリッシュメントの文化(なので不必要に『草の根』を強調する)」、これが私の認識するJICA幹部像です。これで巨大で強大な援助行政機構を上手く回すのには不安があります。「増額したODAはJICAが担当するのか、そうか・・・。」と思います。


● 議員外交
 これについては「・・・・・」としか書きようがありません。まあ、私が言えることは「最低限の言葉が出来ないと議員外交には限界があるんじゃない?」ということと、「恥ずかしい振る舞いは止めてね、日本の恥になるから。」ということと、「なんで、特定の楽しい国が多いの?」ということくらいです。ちなみに私がアフリカのセネガル在勤中(2年)に来た国会議員は1名だけでした。


 あれこれと書きました。まあ、タマには良いでしょう、こういう内容のモノも。