キルギスという国があります。そんな国を知っている人はあまりいないでしょうが、中央アジアにある国で中国、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンに囲まれています。昔、国際協力事業団の日本人技師が誘拐されて大問題になったのもこのキルギスです。何が有名かと聞かれると、ちょっと通の方には「幻の湖イシククル湖(最近では幻ではないのですがソ連時代は外国人は立ち入り禁止でかの井上靖も希望しつつも最後まで行けなかった。)」、通でない方には「何もありません」。旧ソ連時代は畜産とか、水力発電とかに特化していたみたいです。ソ連時代を生きた人には「キルギス製の鎌マークのマッチ」というのはそれなりに響くネタみたいです。


 歴史が好きな方なら、アレキサンダー大王の東征の果てとか、クシャーナ朝のあった辺りとか、サーマン朝の中心地とか言うと「なるほど」と思うのかもしれません。シルクロードど真ん中で、住んでいる人達も「アレキサンダーの末裔か?」と思いたくなるような西欧系から、中国系、インド系、よく分からない系まで幅広く住んでいます。アレキサンダーの末裔と言うと「ウソだろ」と思うかもしれませんが、アフガニスタンの山岳部にあるヌーリスタン地域はアレキサンダー東征⇒バクトリアというギリシャ系の血筋を比較的よく残しているらしいです。まあ、この国の特に南部オシュあたりはウズベク系、タジク系、キルギス系が入り混じっていて、もうさっぱり分かりません。スターリンが中央アジアをかなり無理に分断したため、地図なんか見てもグチャグチャです。実際、オシュという町にはウズベク系が多いですね。ひどい場所になると「キルギス領内にあるウズベキスタン領の飛び地なんだけど、住んでいる人種は大半がタジク系」みたいな場所すらあるくらいです。


 経済はとても自由化されています。それには理由があって、旧ソ連が崩壊した後、素直にIMFの自由化処方箋を実践したわけです。ということでキルギスは世界銀行・IMF的にはとても優等生です。しかし、スッポンポンにされてしまい、自分を守る手段を持たなくさせられた国の悲哀でしょうか、経常収支は赤字傾向が続き、国内産業は外国企業に席巻されて、その実かなりピーピー言っています。「大した産業もないのに、シカゴあたりで象牙の塔に篭っていて非現実的な想定ばかりしている経済学者の言うことを聞いていると痛い目に遭いますよ。」という良い例です。本当に同情します。


 ちなみに、昔、「シルバー仮面」に「キルギス星人 」という怪物が出てきました。キルギスと何か関係があるのかどうか分かりませんが、仮にあるとしたらキルギス人は怒るでしょうね。今これをやったら、悪意のあるなしにかかわらず大問題になりそうです。


 今日はそんなキルギスの紹介文を書こうと思ったわけではありません。今、この国がそれなりに熱いのです。9.11の後、アメリカはアフガニスタンを攻略するために中央アジアで2つの空港を借りました。一つがウズベキスタンのハナバード空港(Khanabad(ハーンの街とでも訳すのでしょう))とキルギスのマナス空港(Manas)です。この2つを拠点に北側からアメリカはアフガニスタンのタリバーンを攻略しました。その際、アメリカはこれまで敷居の高かった旧ソ連諸国に「対テロ戦争」の目的で入って行けるということで、両国にかなりの援助を約束しました。額は覚えていませんが、当時驚いたことだけを覚えています。


 ちなみに、キルギス人の心の詩といえば、英雄マナスの叙事詩です。キルギス人なら誰でも知っている名前です。私は日本語訳を読んでみましたが、今一つよく分かりませんでした。そもそも、英雄の叙事詩は、「マナスチ」と呼ばれる語り部なしにはつまらないそうなので、キルギス語もできない、マナスチもいない中で本だけ読んでもつまらないのです。まあ、そういう英雄の名前が空港名になっています。


 しかし、その後、ウズベキスタンは人権問題や地方都市アンディジャンでの暴動への対応とかでアメリカからかなり厳しくやられ、しかも、アメリカは約束した援助をそれ程出さなかったため、今ではアメリカはハナバード空港からは撤退しています。ウズベキスタンは一時期アメリカにかなり擦り寄りましたが、そもそもカリモフ自体があまり良いヤツではないので蜜月は長く続かなかったのです。


 そして、今、キルギスがアメリカに「出て行ってくれ」と言っています。昨年、中国とロシアが主導する地域安全保障の枠組みである「上海協力機構」は「キルギスから米軍は出て行け」という声明を出し、最近はキルギス議会が「出て行ってね」と決議しました。キルギスは元々アカーエフという赤ら顔をしたおじさんが大統領をずっとやっていましたが、クーデターでひっくり返され、今はバキーエフ大統領です。当初は「アメリカの影響ありか?」と思っていましたが、やはりロシアの影響力が強い人物のようです。


 さて、このマナス空港から米軍が出て行くようキルギスが声を上げていることについて、メディアは「ロシアの影響」という書き方が主です。私は違うと思っています。多分、中国が相当に動いているはずです。そもそも、アフガニスタン関係でもはやマナスに米軍を置いておく意義は低いのではないでしょうか。アフガン国内にも空港はあるわけで、少し離れたマナスの空港の第一の意義は「アフガン対策」ではないような気がします。では、それは何か。私は「中国の監視」だと思っています。地図を見ると分かるのですが、キルギスと中国はかなり国境を接しています。南部の都市オシュから、中国新疆ウィグル自治区のカシュガルまではもうすぐです(たしか、良い道路が開通したはず。)。米軍は中国への圧力、中国への監視という観点からマナス空港を使っているんじゃないかなという気がしてなりません。


 私が中国政府の人間なら、キルギスのマナス空港に米軍がいて、時折国境近くまで飛んでくることはとても嫌です。旧ソ連圏に米軍が入ってくることに抵抗感があるロシアと組んで、まずは上海協力機構という隠れ蓑を使いながら、メッセージを出し、そして、次はキルギス側から出させ・・、ということで絶対に中国が表に出てこないかたちで、「米軍出て行け」キャンペーンを張っていると見ています。マナス空港については、米軍はかなりの賃料と現地人雇用をしています。キルギスにとっても、金銭面だけを見ればそんなに悪い話ではないはずです。私の予想では、中国は米軍が出て行くことによる損失補填もオファーしているんじゃないかなと思えてなりません。


 まあ、これら全てはあくまでも私の邪推の域を出ませんけどね。しかも、米軍はおいそれとは出て行きそうな雰囲気ではありませんし。ウズベキスタンとは人権問題等でかなりのガチンコをやったのでアメリカも諦めましたが、キルギスみたいな最高のポイントをみすみす手放すはずがありません。中露に傾きがちなバキエフを宥めすかしてマナス空港に居座り続けるでしょう。


 ちなみに、このマナス空港、日本の円借款で作っているんですよね(ここ を参照。1997年の円借款です。)。まあ、「日本の援助で作ったものを軍用に使うとは何事か!!」なんてケチなことは決して言いません。